神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
そちらの意味か、と。身のうちに宿った奇妙な安堵を隠すように、セキは応じた。
瞳子は悲しくないといったその言とは裏腹に、悲しみを表すかのように半ば目を伏せた。

「違うの。うまく言えないけど……悲しいって愛しいと同じ感覚な気がして。私、樋村のこと嫌いではなかったけど……それほど好きでもなかったんだなって、今日、気づいてしまって」

ひざに置かれた瞳子の、単衣(ひとえ)のそで先にある両手が、きつくにぎられる。

「私ね、樋村から他に好きな人ができて、その人に赤ちゃんができたって言われた時……怒りしかなくて。死んじまえ、二度と顔見せんなって、いまから思うと、ホント酷いこと言っちゃって」

(……ああ、まぁ、瞳子の気性ならそれくらいは言うだろう)

と、セキは妙に納得して瞳子の話の続きをうながすように、相づちをうつ。

「そうか。腹立ち紛れに口にした禍言(まがこと)が現実となってはな……余計に、つらいな」
「私の、悪いクセだって自覚はあるんだけど、感情が(たかぶ)ると、抑えが、利かなくて」
「ああ、あまり自分を責めるな。……爪が、食い込んでる」

白い手が、一層白くなるほどに強い力でにぎられた瞳子の両手に、なだめるようにして触れる。
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