神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
『……っ』

訳もなく、叫びたい衝動に駆られ、双真は虚空に向け呼び声を放った。

『どこにいるんだ、瞳子っ……!!』

それは、狂おしく猛る、獣の咆哮(ほうこう)となり、辺り一帯に響き渡っていた……。



「まずは落ち着け、コタ」
『これがっ……落ち着けるわけっ……』
「解っている。だがあえて言う、落ち着け」

背に置かれた手が、そっと双真をなでた。懐かしいぬくもりだった。
もうずっと昔、そうしてイチ───朔比古(さくひこ)になだめられた記憶が呼び起こされる。
『虎太郎』の母、由良(ゆら)を悲しませた、あの日。

「悪いがお前がその姿のままだと、おれはお前を敬えない。気分的なもんだがな。
とりあえず、人に“化身”できるか?」
『たぶん、できる』
「よし。衣は……“神獣ノ里”───カカ様の所か?」
『ああ……置いてきてしまった』
「すぐ戻る。……早まるなよ?」

強い口調で言いきり、イチの気配が屋敷から消え失せた。……気配。

双真は、四肢を踏みしめて辺りの『気』を探った。感じた覚えのあるそれは弱く、なじみはあるが、瞳子ではない───桔梗(ききょう)のものだろう。

(オレの力不足で瞳子を時空の狭間に……)

一瞬、よくない考えが頭をよぎったが、すぐに否定する。瞳子は、この屋敷に【着いた瞬間は】間違いなく双真と共に在ったのだ。
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