神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

《九》共鏡の邂逅(かいこう)


      《九》

一瞬前まで双真と共にいて、彼の部屋に着いたと思ったのに。

(なんで……私、こんな所にいるの……?)

少し肌寒く感じる潮風が、頬をなでて行く。
四方には、岩壁。ただし瞳子の背丈より高い位置に、扉一枚ほどの大きさでぽっかりと空いたそこから、時折、波しぶきが飛んでくる。

にごった色の空が見えた。
瞳子がいる足もとにあるのは、ゴツゴツとした黒い岩。(いそ)の香りがただよい、くすんだ緑色のカニやフナムシが、岩のすき間を()っている。

今はいい。だが、満潮になれば、ここは海水で満たされるのではないだろうか……?

(イヤだ。とりあえず、この洞窟(どうくつ)から出なきゃ)

岩壁に寄り、足場になりそうな箇所を探していると、聞き覚えのあるいやな声がした。

「ふん、やはり下賤(げせん)(おなご)よ。助けを呼ぶでなし泣き叫びもせず、自力で逃げだそうとは、呆れるわ」
「なっ……」

目を向けていた空の見える方角の真逆。薄暗がりのなかから、白い狩衣(かりぎぬ)姿の者がぬっと現れる。ひょろりとした身体つきで、ほの暗い目をした壮年の男。

忘れもしない、瞳子に数々の暴言を吐いた“上総ノ国”の“神官”だという、貝塚保平だった。

「───捕えよ」
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