神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
保平が手にしているのは、手拭いほどの白い布地。
“陽ノ元”に“召喚”された瞳子が、無理やり白狼に従わされた、あの儀式の晩が思い起こされた。

(白狼が、意識を失った私に、したこと)

背筋がゾッとした。絶望的なまでの虚無感が、瞳子のなかによみがえる。
さらに、あの時は何も知らずにいたが、いまなら解ることもある。ここには、白狼の真名(なまえ)が記されているのだ。

(嫌だ、いまさら知りたくもない!)

知ってどうなる訳でもない。瞳子はすでに赤い“神獣”、赤狼の正式な“花嫁”なのだ。

(セキ───!)

心の内で強く叫び、愛しの“神獣”に呼びかける。
顔をそむけた瞳子に対し、氷のように冷たい手が両脇から伸びて、保平のほうへと無理やり向かせた。

「【月島瞳子。この文字を読め】」
「っ……!」

おぞけの走る、低く不気味な声音。
こちらの眼をのぞき込むように見た保平の、声と眼差しが、否応なしに瞳子の胸の奥に入り込む。
目に映った三文字が、抵抗なく口をついてでた。

「──、──、──……」

唇が震え、舌は麻痺(まひ)したように動きが鈍いのに。その“神獣(かみ)”の真名を表すであろう漢字が瞳子の声となって発せられた。

うひゃ、と。下品な喜びの笑い声をあげ、保平が自らの口もとを片手で覆った。
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