神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
ぐしゃり、と、耳障りな音を立て、岩壁に叩きつけられた小悪党は、似合わぬ白い狩衣を(あけ)に染め、絶命したようだ。
……頭が、ひしゃげている。

「……っ……」

声にならない叫びが、のど奥にせり上がる。

辺りに、鉄錆(てつさび)に似た臭いが潮風にまぎれて広がり、瞳子の鼻をついた。
不自然な呼吸をしているのが、自分でも解る。瞳子は、息苦しさのあまり、よろめくように後退し、くずおれた。

(なにが……起こっているの……?)

意味が解らない。解らないながらも、目の前の男が次に為すことに、言いようのない恐怖を感じてもいた。

(待って。これが……この人が“禁忌”を侵した人間を罰するって、こと?)

人とも思えない、ただならぬ空気をまとった存在。にも関わらず、瞳子に恐怖だけでない別の感情を植えつけてくるのは、彼が───双真に、似ていたから。

(せっかく……真名(なまえ)、呼べるようになったのに)

瞳子はここで、この者に“禁忌”を口にしたと(あや)められてしまうのか。

腰の抜けた状態で見上げた先、海風にあおられ飛ばされた衣の下、男の顔は双真と瓜二つであった。違うのは、冷ややかに見下ろす眼差しと、その頬にある腕と同様の文様。

音もなくこちらに近づく男を前に、衝撃のあまりこぼれた涙で視界がゆがむ。瞳子は、目を閉じた。
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