神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜
弐 なりそこないの神獣

《一》かつて召喚されし花嫁は


       《一》

(ひのき)の香りと、少し熱めの湯につつまれ、瞳子(とうこ)は大きく息をつく。

(はぁーッ。生き返る〜ッ)

大きな檜の浴槽で、思いきり手足を伸ばすと、一日の疲れが吹き飛ぶ気がした。

瞳子がいま居るのは、“神獣”赤狼(せきろう)が所有する屋敷内の浴室だった。

「実は俺も、初めて行く屋敷(ところ)だ」という虎太郎(こたろう)の言葉に、瞳子は不安しか覚えなかったが。

着いてみれば、老舗旅館のような趣きある(たたず)まいの、立派な屋敷だった。

「瞳子さま。お湯加減はいかがでしょう?」

浴室の戸向こうから、低音だが耳に心地良い響きの女性の声がかかる。

「あっ、ちょうど良い、です……。お気遣い、ありがとうございます」
「いいえ。
このお屋敷で瞳子さまに気持ち良くお過ごしいただくのが、わたくしの役目にございます。
不都合がございましたら、なんなりと、お申しつけくださいませ」

対面せずとも分かる、微笑みを浮かべているだろう声色に、瞳子はもう一度礼を言った。

「お帰りなさいませ、セキ様」と、出迎えた中年の美女、桔梗(ききょう)

白狼の屋敷にもいた、“花子”という役職にあたる者だとは、本人から説明を受けた。

「おまっ……なんで、ここに……!」
「貴女が、“花子”って……」
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