混沌



「うそ」

珍しく教授が講義の時間に遅れて、もう今日は来ないのかもしれないと思いはじめた頃、一人の青年がガラッと慌てて教室に入ってきた。

「教授は後10分ほどで到着されます。遅延だそうです」

その青年は株主総会で見かけたあの人だとすぐにわかった。

「ブッキー、あのアシスタントちょっとカッコよくない?」

隣で今までつまらなそうにスマホを触っていた真希が話しかけてくる。

流石のイケメンセンサーだ。

ちなみに、私は山吹だからブッキーと呼ばれている。

「そ、そうかな」

「そうっしょ。顔はうち好みじゃないけど、なんか雰囲気あるし、スタイルも良いし。あと服装。あーゆーシンプルな服似合うの羨ましいわ」

青年は真希がいう通り、トレーナーにジーンズ、黒の帽子を被った至ってシンプルな格好ではあったが、それがやけに似合っていた。

教授がやってきて講義が始まってもなお私は彼のことが気がかりで講義の内容なんて全然頭に入ってこない。

株主総会で見かけました、なんて話しかけたらキモイだろうか。うん、キモイよね。

いつも通り自己完結して、あきらめる。

話しかけるきっかけが、同じ大学の同じ講義室にいても見つからないなんて世知辛い世の中だ。
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