誘惑しないで、羽瀬くん。
「あ、そーだ」
ぼうっと背中を見ていたら、羽瀬くんが徐に振り返った。
「じゃーね、”天音”ちゃん」
滅多に表情を変えないはずの羽瀬くんが、軽い微笑を浮かべていた。
何が起きたのかわからなくて、状況に全然追いつけない。
………天音ちゃんって。
私の、名前だ。
事の重要さに気づけた頃には羽瀬くんの姿は見えなくなっていた。
今の一瞬で心ごと全部持っていくなんて。
こんなのただの憧れじゃなくなっちゃう。
自分の世界に引き摺り込んで、飛び込もうとしたら避けられて………諦めかけたらまた呑み込もうとしてくる。
その自由さに病みつきになったら困るのに。
恋になっちゃうかもよ。
だからこれ以上──────。
「誘惑しないで、羽瀬くん!」
end.