ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
午後八時頃にマンションに帰宅した。
カンナに飲もうと誘われたものの、蘭子さんとやり合ったことで精神的に疲れているのか気分が乗らず、今日のところは断った。
サンルームの植物たちに癒やしてもらおう……。
そんなことを思いながら、マンションの共用玄関に向かう。その途中で、玄関先の植え込みにひとりの男性が座り込んでいることに気づく。
パーカーのフードを目深にかぶって俯いている姿が少し不審で、目を合わせないよう早歩きで彼の前を通り過ぎようとしたその時。
「……苑香さん?」
聞き覚えのある声に呼び止められ、ぴたりと足を止める。
まさか……今のって……。
「遼太、くん……?」
半信半疑で振り向くと、彼がスッとフードを外す。
キャラメルブラウンの少し長い前髪から覗く、子犬のように濡れた瞳。女性のようにきめ細やかな白い肌。
電話で一方的に別れを告げられてから一度も会っていなかった遼太くんが、なぜかそこにいた。
「どうしてあなたがここに?」
「……事務所、解雇された」
「えっ?」
信じられない発言に目を見張る。遼太くんは今にも泣き出しそうな顔で私を見上げた。