ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
紫陽花の記憶――side統
緑に囲まれた八王子の病院。学校帰りに電車とバスを乗り継いでそこを目指すのが、高校三年生として春を迎えた俺の習慣だった。
質の高い終末期医療を受けられるその病院は、父が母のために探してきた場所だ。
息子の俺から見ても、父は本当に母を溺愛していたと思う。独身だった頃の父には、瀬戸山園の経営拡大をはかるため政略結婚の話もあったようだが、頑なに受け入れなかったと聞いている。
その理由は、子会社のいちアルバイトとして瀬戸山園の花屋に勤めていた母にひと目ぼれをし、どうしても一緒になりたかったからだそうだ。
父方の親族から多少の反対はあったようだが、父の猛アプローチの甲斐あって、ふたりは晴れて夫婦になる。
新婚時代から俺が生まれて十数年は、言葉通り蜜月を過ごしていたようだ。
もちろん、その後ふたりの愛情が冷めたというわけではない。
ただ、俺が高二の冬に母に婦人科系のがんが見つかった。
父は金と人脈を駆使して母の治療ができる医者を探したが、どんなに腕のいい医者にだって、直せない病はある。
母のがんは、それほどステージが進行していた。
余命は長くて夏までという、非情な宣告だった。