ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
そんな母を見るのが父も辛かったのだろう。仕事の忙しさを理由に、母を見舞う頻度が減っていた。
母が元気な頃は、俺のいる前でも平気で母を抱きしめたりキスしたりするほど溺愛していたのに……だからこそ、つらいのだろうか。
相変わらず花だけは贈っていたから、それが父の精一杯だったのかもしれない。
父が来ない代わりに、俺が面会時間いっぱい母の病室にいて、帰るときには「また来るよ」と声をかける。
自分にできることはそれくらいしかないと思っていた、ある日のことだった。
「統……」
「どうした?」
久々に母が名前を呼んでくれて、嬉しく思いながらベッドを覗き込む。
母の目は窓の方へ向けられていて、どんより暗い空を見ながら小さく口を動かす。
「紫陽花がね……綺麗だったの」
「紫陽花?」
突然脈絡のない話をされ、首を傾げる。
その頃、頻度は少ないものの『せん妄』という幻覚や妄想の症状が母にあると医師に聞いていて、症状が強い場合はナースコールするよう言われていたので不安になった。