ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
母に残された時間は少ないため、翌日の学校帰りに俺はすぐ紫陽花を買おうとした。
花屋にも色々あるが、俺が足を向けたのは、母が以前勤めていた瀬戸山園の子会社が運営するショップ。
店員には顔見知りも多く、母の病気のこともみな知っていた。
「あら、統坊ちゃん。これからお母さんのお見舞い?」
店を覗くと、俺の姿を見つけた女性店員が出てきてくれる。ずっと花屋ひと筋の六十代で、気さくな人だ。
〝坊ちゃん〟と呼ばれることだけが煩わしかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「紫陽花が欲しいんです。母のお見舞いに」
店頭にはたくさんの紫陽花が咲き乱れていたが、俺にはどれが適当なものかわからない。
それでも、プロの花屋に任せればぴったりの紫陽花を探してくれるだろうと思っていた。
「紫陽花……坊ちゃん、それはダメなのよ」
「えっ?」
「お見舞いに持っていく花には色々なタブーがあってね。とくに瀬戸山園では、ご病気の方が不快な思いをしないように、縁起が悪いとされている花は売らない決まりなの」
俺は呆気に取られて目を瞬かせる。
……お見舞いの花に決まりがあるなんて知らなかった。