ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
「あっ、お姉さん、待って。これ――」
男性の引き留めるような声がしたが、構わずに大股で歩いて庭園から逃げ出す。
旅館の正面まで回ったところで男性が追いかけてきていないのを確認すると、ふう、と息をついた。
歓談の後はめいめいに解散する予定だったし、もう帰っちゃおうかな……。
腕時計を見ると、午後一時半を過ぎたところだった。
ちょっと早いけど、彼に連絡してみよう。
スマホの着信履歴から探した名前は、【中路遼太】。付き合って三年になる四歳年下の恋人だ。
今日は私の誕生日を一緒に祝うため夜に私のマンションで会う約束になっているが、仕事が休みだと言っていたし早い時間から会えたらと思ったのだ。
矢代先生への営業は失敗、瀬戸山にはマウントを取られる、酔ったおじさんに服を濡らされたうえいやらしい目で見られる……と散々な一日だったけど、遼太くんに誕生日を祝ってもらえれば、そんなの全部帳消しだ。
期待に胸を高鳴らせつつスマホを耳に当てていると、呼び出し音は五回ほどで途切れた。