ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
「これ、きみのだろう? さっき藤棚のそばで落としていた」
手元に差し出されたのは、バッグに入れていたはずの私のキーケースだった。部屋の鍵がついている大事なものだ。
藤棚のそばということは、男性とぶつかってお酒をこぼされた時だろうか。ハンカチを取り出すためにバッグを開けた覚えがある。
男性が私を引き留めようとしていたのも、もしかしてこれを渡そうとして……?
「あ、ありがとうございます……」
瀬戸山の手から、キーケースを受け取った。ブラックレザーに高級ブランドのロゴが刻印されたそれは、自分への誕生日プレゼント。
恋人である遼太くんに高価なものをねだるのは気が引けるからと、つい最近買ったものだ。
十万を超える出費は痛かったけれど、上質なデザインも使い勝手のよさも気に入ったし、自分が必死で頑張った証だと思うと、ますます愛着がわいた。
よかったじゃない、苑香。もしも遼太くんにこれを買ってもらっていたとしたら、すぐに捨てる羽目になっていた。そんなのどう考えたってもったいない。
なにを考えているのかわからない男の人に尽くすより、努力しただけ成果の出る仕事と向き合い続けている方が、ずっと楽。
そして、時々はこうして自分にご褒美を買ってあげられる生活が、私にはきっと性に合っているのだ。