ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
「ほら、行くぞ」
ポン、と軽く私の肩を叩いて、瀬戸山が先を歩き出す。
彼がその場を動くとまた団体客の視線を浴びることになってしまうので、私は慌てて彼の後について、旅館の建物から離れた。
タクシーは門を出た先の路上で待機していた。
近づくと後部座席のドアが開き、私はそばに立つ瀬戸山に一礼してから乗車する。
彼に借りを作ってしまったのは悔しいが、今日だけは目をつぶることにした。
「お手数をおかけしてしまってすみません。それでは、お先に失礼しま――」
最後の挨拶を交わそうと横を向いたその時、瀬戸山の大きな体が隣に乗り込んでくる。
えっ……?
呆気に取られているうちにドアが閉まった。
「適当に流してください」
運転手に向かって意味不明のことを告げる瀬戸山に、私は怪訝な眼差しを向ける。
「あの……どうしてあなたまで?」
「ひとりで帰らせるのが心配なのと、まだ泣き足りないなら帰る前に全部吐き出した方がいいと思ったからだ。きみが落ち着いたら、家まで送る」
なにもかも強引に話を進める瀬戸山にあきれた。
でも、その裏に見え隠れする優しさが、弱った心にほんの少しだけ沁みる。あくまで、ほんの少しだけ。
だからって、ライバルだと思っている相手にこれ以上の弱みは見せたくない。