ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
「私なら大丈夫ですから……。ほら、涙なんてもうすっかり乾いてますし」
嘘ではない。さっきまで濡れていた頬や目尻は、タクシーに乗り込むまでの一連の動作の中で、風が乾かしてくれた。
それでも、瀬戸山は疑うような目をしてジッと瞳を覗いてくる。
「泣いてないからといって、立ち直った証拠にはならない」
「だ、だとしても、放っておいてくださいよ」
「それができないからこうして一緒にいる」
なにそれ……どういう意味?
瀬戸山の真剣な目に心の奥まで見透かされそうでドキッとした。
このまま彼と気まずい時間を過ごすくらいなら、失恋を笑い話のネタにでもしてさっさと話してしまった方がいいのかも……。
「本当に、瀬戸山さんにご心配いただくようなことではないんです。よりによって誕生日当日に恋人にフラれたっていう、ただそれだけの話なので」
泣かずに説明できて、ホッとする。
そうそう、私の身に起きたことなんて、よくある失恋話のひとつなのだ。
「……間が悪い男だな」
眉間に深い皺を寄せた瀬戸山がボソッと呟く。慰めてくれているつもりだろうか。
それにしては独特な言葉のチョイスがおかしくて、気の抜けた笑いが漏れた。