ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~
「なぁ苑香」
……また、苑香って言った。
ドキンと跳ねた鼓動を無視して、彼の元へ歩み寄る。
「なんですか?」
「五号のケーキって……見れば見るほどふたりで分ける量じゃないんだが」
瀬戸山が考えるのを放棄したように言って、力なく笑った。
彼の手元に視線を落とし、ケーキの大きさを改めてまじまじと見る。
五号、つまり直径十五センチのショートケーキには、つやつやの苺、そして生クリームが山盛りだ。
決して安くはないお店で買ったものだから、クリームの乳脂肪分もおそらく高めだろう。三十代を迎えた私の胃腸が耐えられるだろうか。
「ちょっときついかもしれないですね」
言葉とは裏腹に、なぜかクスクスと笑いが漏れた。
ライバル視している相手と一緒にホールケーキを見下ろして、その大きさにふたりで尻込みしている状況が妙におかしかった。
「でも、食べるの手伝ってくれる約束ですもんね」
挑発するように彼を見上げると、瀬戸山の表情も好戦的なものになる。
「あくまで主役は苑香だ。俺はおまけ」
「いえ、遠慮なさらず。きっちり二等分にしましょう。この世は男女平等です」
「……仕方ないな」
ブツブツ言いながらも、瀬戸山は注意深くケーキを切り始める。
その大きさに彼がこっそり差をつけないよう監視しながら、私はその隣で紅茶を淹れた。