ライバル企業の御曹司が夫に立候補してきます~全力拒否するはずが、一途な溺愛に陥落しました~

 挨拶を終えた矢代先生は、それぞれの作品の前に移動しながら、テーマや製作過程について説明してくれる。私は真剣に頷きながら、自分が感じたことを頭の中にメモする。

 この後の交渉を円滑にするためにも、きちんと各作品を理解し、自分の言葉で感想を述べられるようにしておく必要があるだろう。

 下心と言われてしまうと否定できないが、ビジネスには必要な戦略だ。


 作品のお披露目が済むと、紫陽花楼の庭園に移動して歓談の時間になった。

 見事な藤棚や色とりどりのツツジが春らしさを彩る庭園には立食用のテーブルや腰かけるための縁台が置かれ、旅館のスタッフが飲み物を給仕している。

 お酒もあったけれど、これから大事な話をするのに酔っぱらうわけにはいかないと、私は桜茶を選んだ。ガラスの湯飲みの中で八重桜が花開いていて、ほんのり桜の香りがする。

 そんな、見た目も美しい桜茶で軽く喉を潤すと、いざ先生の元へと向かった。

「矢代先生」

 ひとりになった隙を見計らい、声をかける。振り向いた先生に小さく頭を下げた。

「私、美吉ブロッサムの美吉苑香と申します。本日は素敵な内覧会にお招きいただきありがとうございます」

 名刺を手渡すと、先生はふわりと相好を崩した。

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