赤ずきんちゃんと狼獣人さんの溺愛

赤ずきんちゃんと狼獣人さんの溺愛

 あるところに、怖がりな女の子がいました。
 女の子の父親は里長で、荒っぽい村の男たちを束ねていました。女の子は男たちも、その長の父親も怖がって、家にこもりがちの生活を送っていました。
 女の子の父親は娘に無関心な風を装いながら、実のところ娘が可愛くて、どの男にも娘をやりたくありませんでした。
 父親は娘の黒髪や肌がなるべく隠れるよう、赤い布で帽子を作って赤ずきんに被せていました。赤い布は火の加護で、獣を遠ざけると言い伝えられていたからです。
 女の子は父親の言いつけを守り、いつも赤い帽子をかぶっていました。村人たちはそんな女の子を密かに盗み見て、「赤ずきん」と愛称で呼んでいました。
 そんな赤ずきんを子どもの頃から見守ってきたのが、父親の片腕の男です。
 荒っぽい男たちと違い、行儀が良く冷静な彼は、父親のお気に入りでした。だから完全に油断していたのです。
 彼は実は誰より貪欲な、狼獣人だったのです。
 狼獣人は伴侶と心に定めた者を力づくでも奪い、決して離しません。
 狼獣人は長い年月をかけて赤ずきんの父親の信頼を得て、父親が気づいたときには村の支配を人質に取っていました。
 狼獣人は父親が家に隠している宝を見抜いて言います。
「村の支配をお返しする代わりに、一番大切な財をいただきましょう」
 狼獣人は獲物を狙う目で前を見据えて、その財の名を口にしました。
「……赤ずきんを私にください」
 父親は赤ずきんを差し出さざるを得ませんでした。狼獣人を敵に回したら、村の荒っぽい男たちも統率が取れなくなってしまうからです。
 赤ずきんを怖がらせないよう、彼は狼獣人であることを隠して彼女を迎えに行きました。
「大切にいたします。私のところにいらしてください」
 赤ずきんは彼のまとう凛とした空気に見惚れました。
 赤ずきんは男の人が怖くてたまらなかったのですが、きっと物珍しい自分はすぐに飽きられるからとなぜかしょんぼりした気持ちで、狼獣人の家に行くことになりました。
 狼獣人の家に迎え入れられた赤ずきんは、予想していなかった状況に目を丸くしました。
 そこにはふんだんに絹の使われた衣装や広々とした部屋、そしてあふれるばかりのごちそうが、赤ずきんのために用意されていました。
「どうして……」
「大切にすると申し上げたでしょう?」
 困惑する赤ずきんに、狼獣人はややあってたずねました。
「食事をご一緒させていただいてよろしいですか?」
 狼獣人はまるでお姫様に接する騎士様のようで、赤ずきんは思わず微笑んでいました。
 それから始まった二人の食事は、赤ずきんが恐々と取っていた自分の家の食事風景より和やかでした。赤ずきんは目に新しいものが給仕されるたび、きゃっきゃとはしゃいでいました。
 けれど自分は人質で、きっとすぐに飽きられてしまう。そういうあきらめに追いつかれて赤ずきんが目を伏せたとき、食後の飲み物が運ばれてきました。
 それは大好きな飲み物でしたが、しょんぼりとした赤ずきんには楽しめません。
 ふいに赤ずきんが目を上げて正面を見ると、狼獣人の鋭い目と目が合いました。
 赤ずきんはこくんと息を呑んで口を開きました。
「どうして私を……獲物を狙う目で、み、見ていらっしゃるのです……か?」
 赤ずきんがつっかえながら問いを投げかけると、狼獣人は低い声音で返しました。
「それはね、焦がれた存在を今こうしてみつめているからですよ」
 狼獣人は結っていた髪を解いて、そこから茶色の何かをのぞかせました。
「見えますか? 私の秘密」
 赤ずきんは彼の頭に突き出たものを見て、息を呑みます。
「獣の耳……?」
「これはね、あなたの足音も呼吸音も、どこにいたって聞こえる耳なんです」
 狼獣人は暗い喜びをもって耳を動かすと、笑みを浮かべて言いました。
「この耳はあなたを覚えてしまった。もうあなたはどこにも逃げられない」
 狼獣人は恐れを浮かべた赤ずきんを逃さないよう、さっと手をつかんでしまいます。
「大きな手……!」
「この手が大きいのは、あなたを離さないため。……でも」
 狼獣人はふいに赤ずきんを引き寄せて腕の中に収めると、一瞬だけ心細そうに言いました。
「あなたに拒絶されたら、私は無力に成り下がる」
 赤ずきんがまばたきをすると、狼獣人は赤ずきんの背を撫でて告げます。
「あなたの望むものはすべて手に入れます。でも私はあなたが欲しい。絶対に手放しません」
 赤ずきんはその言葉に、問いかけのようにつぶやきました。
「それが獣人の性だから……?」
「あなたをみつけたときの天啓はそうに違いない。けれどそれは始まりです」
 狼獣人は神聖なものにするように、優しく赤ずきんの頭に口づけました。
「あなたが私を選んでくれたなら、そこからは二人だけの未来でしょう?」
 赤ずきんは包まれる腕の温もりを愛し始めている自分に気づきました。
 そっと口づけを交わした後、赤ずきんは赤ずきんを外します。
 それが、狼獣人の愛を受け入れるという証になりました。



 そんな夢を見たことを、夫婦になって一年が経つ彼にだって、話せないと思う。
 朝、彼女はまどろんでいる夫を側でみつめながら、そっとつぶやいた。
「……大好きな、私の狼さん」
 彼女はふふっと笑って、夫の頬に口づけた。
 めでたし、めでたし。
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