亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
「ほら、トールズさん! やっぱり、僕の思ったとおりだっただろう!? レイファスは、僕や姉さんの言うことなんか聞かないんだ」
「そうですね……いや、本当に、そうです」
「ニルヴァール伯爵が見つかって本当に良かった。頑張った甲斐があったよ」
ジルクリフは、今回のレイファスの処遇を決めるに当たり、最大の障害はレイファス本人だと考えていた。
この大嘘つきな狼王子は本当に素直じゃないので、ジルクリフ達の考える処遇を聞いた途端、自分は処刑されるべきだと騒ぎだすことはわかっていた。
なんなら、その場で自身の舌を噛んだり、狼に転変してジルクリフに襲い掛かって、兵に殺されるという迷惑な自殺を試みる可能性もあると考えていた。
ジルクリフとしては、そんな大惨事から始まる新国家設立はごめん被るわけで、だから、レイファスの自罰心を折るために、あと一手ほしいと思っていた。
それが、ラザックが隠すように保管していた、レイファスの育ての親、ラグナ王国にて一代伯爵の地位を有する、ニーズヘッグ=ニルヴァールの体だったのである。
レイファスや周囲が姉に目を向けている間、ジルクリフはありとあらゆる根回しを行い、仲間を増やし、情報を集め、アリアからも根掘り葉掘り色々なことを聞き出した。
防音結界の配置のためだけでなく、ラザックがどこにニーズヘッグの体を隠しているのか、それを探し当てるため、奔走していたのである。
そして、ジルクリフは発見した。
「それで、ジルクリフよ。結局ニーズヘッグは、どこに隠されていたのだ?」
「ラザックの第五子用の部屋です、ガラナ様」
シルフィリアとトールズ、ニーズヘッグ以外の者がぎょっと目を剥いたので、ジルクリフは「あれ、誰にも言ってなかったっけ?」と頭をかいた。
ラグナ王国の王宮には、王子王女用の王宮別棟が七棟ほど設けられている。
ラグナ王国の王族は強く個性的な者が多いため、派閥や子ども達の関係性を考慮し、部屋を配置することができる仕様となっていた。
その別棟の一つに、ラザックは存在していない五人目の子どものための部屋を用意していたのだ。
あまりにも衝撃的なその内容に、第四王子であったレイファスですら、愕然としている。
「国王ラザックはさ、第四王妃ニコラを溺愛していたからね。彼女が妊娠している間、浮かれたあの獅子王がやりそうなことが何か考えたんだ」
ジルクリフは、ラザックがニーズヘッグを隠すとしたら、それは誰も立ち入りを許されていない、ラザックの私的な空間であると考えた。
始めは寵姫ニコラの部屋かとも思ったけれども、そこはレイファスが、サヴィリア達の体の保管室として使っていた。
であれば、他にラザックが執着している場所はどこだろうか。
「王の部屋の隣に設けられた寵姫用の部屋、他の王子に預けている、他の王妃に預けている。色々仮説を考えたんだけどさ。結局、男の体を身近に置くこともないだろうし、他の人間を信用することもないだろうと思ってね」
結局、王宮の第五別棟の一室に、ニーズヘッグの体の入った保管の魔道具は置かれていた。
その部屋は、寵姫ニコラと共に飾り立てたのか、子ども用の装飾にあふれたとてもかわいらしい部屋であった。
第四王子レイファスの部屋をあつらえ、それでもなお手持無沙汰であったラザックの手慰みとして作られたものだと思うと、ニーズヘッグに治癒魔法を施すために入室したシルフィリアも、なんとも言い難い複雑な気持ちになったものだ。
ラザックはその部屋の鍵を常に身に着けていたので、トールズは扉側から鍵型を調べ、新しい鍵を創ることとなった。
魔術的な防衛措置も施されていたため、ラザックに気づかれないように作業をするのは一苦労だったと、トールズはため息を吐く。
失笑する面々の中、ジルクリフは改めて、左隣に座る姉を見た。
「それじゃ、姉さんはレイファスを連れて部屋に戻って大丈夫だよ」
「え!?」
「もう顔合わせも済んだから。積もる話もあるだろう?」
シルフィリア達は、レイファスの処刑の場から直行して、この場に集まった。
だからシルフィリアとレイファスは、主人と奴隷の立場が入れ替わって以降、個人的な会話を一切していないのだ。
しかも、この厄介な奴隷は、シルフィリアの言うことなど一つも聞いてくれない。
今も伯父ニーズヘッグの傍に控えていて、座るどころか、こっちにこいと言ったシルフィリアの傍にすら居てくれないのだ。そんな彼と急に二人きりにされてしまって、揉めずにいられるだろうか。
動揺しているのはシルフィリアだけではないらしく、レイファスもその場で石のように固まっている。
真っ白な顔をしている二人に、女帝ガラナは声を上げて笑い、ニーズヘッグは苦笑いだ。
「レイファス。ちゃんと話をしてきなさい。伝えるべきことが沢山あるだろう?」
伯父の言葉にレイファスはうなだれると、渋々と言った様子でシルフィリアの元にやってきた。
その無表情の中に、しっぽを垂らしてうなだれた狼が見える気がする。
シルフィリアは、そんなにも彼女と話をするのが嫌なのかと、心の底から萎れながら、狼奴隷を連れて部屋を出た。
ふらふらと頼りない様子で出ていく二人に、その場の全員が思わず注目してしまう。
「……あれは、大丈夫なんでしょうか」
心配を隠さないトールズに、妖艶な年嵩の美女である黒の女帝は笑った。
「夫婦喧嘩は犬も食わぬと言うであろう」