亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
え、と声を漏らし、顔を上げた彼女の視界に、青色が映った。
その近さに息を呑んだところで、ふと笑う彼の声が聞こえ、そのまま唇を塞がれる。
あまりにも激しく、今までで一番、熱のこもった口づけだった。
息をつくこともままならないそれに、シルフィリアは動揺にまかせて抵抗する。
しかし、彼女の奴隷は当然のようにそれを意に介さない。
ひとしきり彼女を貪った狼は、唇を離すと、野獣のようにギラついた青い瞳で彼女を見て、嗤った。
「愚かな女だ。自ら手綱を離すとは」
「なっ、何、なん、なんで……っ」
「何やら、私の主人は今後、私に何かを命じることはないらしい。であれば、私が主人に何をしようとも、その命に反したことにはならぬ。国も、これを止める術はない。そうだな?」
彼女の唇を奪った目の前の男は、盗人猛々しい勝ち誇った笑顔でこちらを見ている。
シルフィリアは、選択を誤ったことを悟った。
少しくらい、命令権を残しておくべきだったのだ。恋に目が曇り、危険な狼を野放しにしてしまった。
先ほどの発言を取り消せばいいだけなのだが、この狼男は、シルフィリアが一度口にしたことを撤回できない性格であることをわかっているのだ。
それだけでなく、まさか取り消さないだろうなと、青い瞳で威圧的に念押ししてくる。
自分は大嘘つきなくせに!
「私はお前の傍を離れるつもりはない」
「え?」
「お前は父からもらった誕生日の贈りもので、元より私のものだ。手放すつもりは一切ない」
「ラ、ラグナ王国は滅びました! あなたのお父様の言葉は無効です」
「お前が元の鞘にすべてを戻したわけだが」
「全然違います! 元は私があなたのものだったけれど、今はあなたが」
「だいたい同じだ」
「……!? だ、だとしても、あなたが私に触れる理由は、もうないでしょう!?」
「理由ならある」
シルフィリアの右手を取った狼の化身たる元王子は、優雅な仕草でそれにくちづけると、座り込んだままのシルフィリアに向き直り、あどけない笑みを浮かべた。
「理由はお前が作った、シルフィリア。それは生涯、失われることはない」
胸が熱くて、目から涙がこぼれ落ちた。
こんなときに初めて名前を呼ぶなど、卑怯すぎると、シルフィリアは思う。
けれども、口から言葉も出てこないし、再び視界が曇り、相手の顔もよく見えなくなってしまった。
仕方がないので、シルフィリアは赤髪の狼奴隷の胸に飛び込み、その温かい腕の中にすっぽりと収まる。
優しく抱き止めてくれたその腕に、笑みを漏らしながら、シルフィリアは当然の質問をした。
「理由の詳細を、教えてください」
「後でゆっくりな」
「……今すぐにです!」
「生き急ぐではないか」
「だ、大事なことだもの……」
「ずっと共にあるのだから、急ぐ必要はないのではないか?」
不満で涙が止まったので、思わず彼を振り仰ぐと、そこには意地の悪そうな、この上なく嬉しそうな、悪い狼の顔があった。
「誰か一人を慈しみ、大切にすることを許す。急がずともよい世界を、見せてくれるのだろう?」
それはそうだ。
けれども、それとこれとは、話が違う。
そう思うから、縋るようにして尋ねているというのに、この狼ときたら、素直じゃない、全く言うことを聞いてくれない、態度が大きい!
「あなたは、勝手です!」
「それはお前のほうだ」
「そんな、こと、は……」
「……」
二人は目を合わせて、今までのことを思い返した。
勝手に自らの望みを遂行しようとした狼王子と、勝手にそれを邪魔した亡国の奴隷姫。
相手のことを、身勝手だと、心から思う。
しかし、よく考えると、自分もそうかもしれない。
納得した二人は、思わず頬を緩めた後、声をあげて笑い始めた。
素直じゃない狼奴隷が、主人たる姫君に理由の詳細をいつ告げたのかは、二人だけの秘密である。
-◇-◆-◇-◆-
こうして、獣人の大国、ラグナ王国は滅亡後、人族の王が治める人間の国へと生まれ変わった。
新王国の名は、ラフィリア王国という。
そこは人族も獣人も分け隔てなく迎え入れる大国で、その証として、王国の名に、亡き獣人の国の名から文字を取り入れた。
緋色の瞳と、赤い狼の姿を模した国章を掲げるその国は、その後も末長く歴史に名を刻んだのだという。
〜終わり〜
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