亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
「威勢よく噛みついていたが、所詮は子猫か」
カッと顔を赤らめたシルフィリアに、レイファス第四王子は冷たい視線を送る。
それがあまりにも感情のないものであったが故に、恥辱よりも恐怖が勝り、シルフィリアは青ざめた。
「私のものになるということがどういうことか、わかっているか」
そう言うと、シルフィリアの目の前で、男の姿が溶けた。
光を発するわけではないのに、揺らめくような幻想を思わせるその光景に、シルフィリアは息を呑む。
そうして現れたのは、炎の獣だった。
国が滅びたその日に見た、燃えるような鬣を持つ、狼のような獣。
それが、牙を剥き出しにして、寝台にいるシルフィリアに覆いかぶさってきたので、さしもの彼女も、その緋色の瞳が潤むのを止めることができなかった。
「この牙で、その脆弱な喉を掻き切ることもできる」
「……、私、は」
「逆らうな」
耳元で響く低い声に、肩に感じる息遣いに、シルフィリアは動けない。
「私に逆らうな。余計なことを言うな」
「……」
「分かったか」
「……は、い」
何度か試し、ようやく喉から絞り出した返事に、獣が喉の奥で満足げに嗤う。
シルフィリアが、恐怖で目を閉じていると、鎖骨に温かい感触がして、その後、チクリと痛みが走った。
「……! 何を」
「あとは自分で付けろ」
恐る恐る目を開けると、そこに野獣はおらず、赤髪の男がいた。相変わらず、何を考えているのか分からない、冷たい表情をしている。
「自分で?」
「そうだ。一つでは事足りるまい。手を煩わせるな」
「……あの」
「お前程度の女は抱かぬ」
男の言葉が理解できず、シルフィリアはその緋色の瞳で彼を見つめてしまう。
すると、男は煩わしそうな素振りで、大きな寝台の、シルフィリアのいる反対側に身を置いた。
「お前は獣の血を引かない、下賎な実験台に過ぎぬ。だが、抱いたことにせねば、奴らが面倒を起こす」
「……奴ら?」
「兄共だ。特に二番目のアレは、女奴隷を追い回す狩りを好む。我ら兄弟の手が付いた物には手は出さぬが、そうでない物は手癖悪く盗みに走る。それを望むならば、何もせずともよい」
青ざめるシルフィリアに、興味を失ったのか、レイファスは身を横たえた。
二番目のアレというのは、リチャード第二王子のことだろう。巷では、サディストで有名な第二王子は、毎日のように箱庭に奴隷を放り込み、逃げ惑うそれを獣の姿で追い回し、狩りを楽しむのだと言われている。
「寝台は明日の朝処理する。後は好きにしろ。何かしようとすればすぐに分かる故、無駄な企みは考えぬことだ」
それだけ言うと、レイファスは眠りについた。