亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

2 処分の行方


 大国ラグナ。

 小国が乱立する大陸国家の中で、ここ百十余年、勢いを増している国の一つだ。
 そしてその大きな特徴は、獣人の国家であるというところにある。

 獣人といえば、多少獣としての特徴が残っている人間を指すものが多いが、ラグナ王国の『獣人』はその程度には収まらない。
 食欲、睡眠欲、性欲だけでなく、残虐性、物欲、支配欲が強く、極めつけは、本物の獣と見まごうばかりの野獣に変貌することができるのだ。
 王国民としての血が濃ければ濃いほど、その特徴は強く現れる。

 その最たる者が、王族であった。

 通常の王国民は、獣に変じることができるとはいえ、その大きさは元の人間とさして変わりがない。しかし、王族だけは、その質量を増やし、人の姿の二倍にも及ぶ巨体の野獣に変じることができる。その巨躯から繰り出される咆哮は、戦場の士気を上げ、敵国の恐怖を招き、ラグナ王国の圧倒的な戦力の源となってきた。

 対して、シルフィリアの国である亡シグネリア王国は、只人の作った小国だ。

 戦う力を持たない、生きることすら危ういシグネリア王国が、この厳しい自然環境、激しい紛争の続く地帯で細く長く生きながらえていたのは、王族であった緋色の一族の能力によるものであった。
 王族の中でも、一部の者だけが手にすることができる能力。百年に一人、その力を開化させる者がいるかいないかという希少性、だがしかし、神官のみが引き継ぐ伝承の中にその秘密が隠されているのだという。

 その力が、誰もが欲するものであるが故に、この戦火の時代に、触れてはならない秘宝として、シグネリア王国は扱われていたのだ。

 その暗黙の了解を破り、踏み入ってきたのが、大国ラグナだ。


 -◇-◆-◇-◆-

「処刑でよい」

 自国の玉座の間にて、玉座に座るその男は、つまらなさそうにそう告げた。

 長い黒髪に、無精ひげを生やし、誰よりも豪奢な服をまとったその男は、人の姿を取ってはいるものの、筋肉隆々その巨体は、玉座にただ座ることを受け入れていないのであろう、玉座に腰掛けるその姿も乱暴なものであった。
 髪色に合わせたのだろう、黒をベースとした衣装に、内側にラグナ白狐の毛をあしらった漆黒のマントを雑にはおり、銀でできた盃を手で揺らし、武骨で太い指に光る指輪を煌めかせている。

 彼こそが、ラザック=ヴィオ=ラグナ。
 このラグナ王国の頂点に立つ者であった。

 この国王は、今までのラグナ王国の中でも、特にラグナの血を色濃く引き継いでいた。
 獣人形態をとることができるのは当然、何よりも気質に獣としての特徴が色濃く出ており、先々代から続くラグナ王国領土を拡大する施策をさらに苛烈に推し進めているのは、まさにこの男である。

 全てを手に入れる。
 ただ、その欲を満たしたいが故に、彼は戦いを続けている。

 この男の欲が、国民の血をたぎらせ、兵士達の士気を上げ、ラグナ王国の圧倒的戦闘力を生み出している。大陸中を見ても、今この時代に、この暴虐国家ラグナ王国にたてつくことができる国は少なかった。

「しかし、陛下。あれは秘宝の種です。全て殺しつくすのは惜しいかと」
「このままでは、治癒の力の手掛かりが失われてしまいます」

 シグネリア王国の王家、緋色の一族からは、治癒魔法の使い手が生まれてくるのだ。
 世界的に希少な力で、富と財を誇るラグナ王国の高官達ですら、いまだ目にしたことのない力である。

 緋色の一族は、治癒魔法の才を有するとはいえ、彼らの全員がその力に目覚める訳ではない。また、どのような理屈で治癒の力に目覚めるのかも公にされていない。
 しかし、この一族は確実に、過去、治癒魔法の使い手を輩出してきた。
 その事実が、たかだか三人の子どもを処分することを、独裁国家ラグナ王国の重鎮達をしてためらわせる。

「女一人に、男二人か。女だけ残せばよいのでは。他は要らぬでしょう」
「種を確実に残すのであれば、男も必要かと」
「シグネリアには姫が複数いたのではないか。何故一人しかいない」
「襲撃の際、姫については、好きに遊んでもよいが、命だけは奪うなと厳命していたはずだ」
「……第四王子です」

 会議の参加者が皆、眉根をしかめ、あるいはため息を吐いた。

 数寄者で有名な、暴虐の狼王子、第四王子レイファス=ヴィオ=ラグナ。
 彼は、他に類を見ない戦果を上げる代わりに、捕虜の収集癖があるのだ。正確には、希少な民族や女子供を皆殺しにして、死体を保管の魔道具に入れて集めている。

「三人残っていただけでもよいと考えるべきか」
「ううむ。しかし、男か。奴らは我が国では奴隷にすぎぬ。我が国の女をあてがうのはためらわれるぞ」
「まずは女を利用し、産まなければ、男に女をあてがうということでよいのでは」
「女一人に産ませるか。何人増えるものやら」
「いや、残った姫は緋色の瞳を持っている。本人が治癒の力に覚醒する可能性がある。産ませるために潰してしまうのはいかがなものか」
「貴殿は男二人を先に利用するべきだというのか? 我が国の女を差し出してまで?」
「――要らぬ」

 シン、と玉座の間が静まり返った。
 これまで会議の様子を眺めていた国王ラザックは、獲物を品定めするようにして会議の参加者に視線を走らせる。その圧倒的な気配に、参加者全員が心の底で震えあがった。

「そのような養殖は好かぬ。全員、不要だ。明日処刑せよ」

 決定事項として告げられたそれに、皆、黙って頭を下げた。
 こうして、シグネリア王国最後の王族である三人の捕虜の行く末は決められた。

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