亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~


「本当に、兄上の趣味も変わったものです」
「なんだと?」
「目の前で見ておかねば気が済まないとは、我が兄ながら呆れたものだ」

 そう言うと、赤髪の第四王子は、シルフィリアの腰を右手で大きく引き寄せた。

 何事かと目を剥く彼女の視界には、間近に近寄る澄んだ青い瞳、そして絡むのは吐息だけでなく、柔らかい何かで唇を塞がれ、驚きの声を上げることすらままならなくなった。

「――っ!?」

 あまりのことに、シルフィリアはしばし茫然としていたが、その隙にレイファスは彼女の口内に舌を差し入れ、好き放題に蹂躙しはじめる。
 狼王子に仕える緋色の瞳の奴隷姫は、あまりのことに動揺し、目を閉じるどころか、胸を突き放そうと必死に押しやるけれども、人族の姫の細腕で、獣人の王子の腕力に抵抗できるはずもない。

 相手は国の仇だ。
 けれども、シルフィリア個人には無体なことをしたことがない、見目麗しく、若く強い王子。
 しかも、横では間近に、シルフィリアの痴態を第二王子が見ている。

 シルフィリアは混乱の頂点で、それに加えて顔から火が出るような思いであったが、そんな彼女に構わず、レイファスはゆったりと、厚い舌で彼女の口内をなぶり、体の反応から、そのいいところを探っていく。
 口の端から漏れ出る奴隷姫の声に、傍に居るリチャードが顔を赤くして震えたところで、レイファスはゆっくりと彼女から唇を離した。

 息を荒くし、くったりとしているシルフィリアを抱き寄せ、胸に収めた後、レイファスは余裕の笑みで、今にも怒りを爆発させそうな兄を見る。

「このように、大切な研究の最中、私への復讐心に燃える姫が高貴なる兄君達のところへ逃げ出さぬよう、毎晩その矜持を折り、屈服させています。なかなかそそるでしょう?」

 その言葉に、シルフィリアは顔を赤らめ、声の主を全力で睨みつける。
 しかし、睨まれた方は余裕の笑みでそれを迎え撃つばかりで、全く意に介している様子がなかった。
 それどころか、「追加をねだるとは、ぜいたくな娘だ」と再度深く口づけられる始末である。

 そして、何故か隣でその様子を見ているリチャードの方から、こくりと息を呑んだ音がし、驚いてそちらを見ると、第二王子は欲望に塗れた瞳で彼女を物欲しげに見つめていた。

 弟に弄ばれる彼女を見て、醒めるどころか、興味を増している。

 その事実に怯え、身を縮めるシルフィリアを、レイファスが自然な流れで抱き寄せてきたので、逡巡の後、シルフィリアはレイファスに自分からも身を寄せることとした。

「とはいえ、このとおり、この娘は私のお手つきです。兄上ともあろう方が、私のお下がりがよろしいか?」

 その言葉に、さすがのリチャードも沸点を超えたらしく、「もういい!」と言って扉をたたき割るようにして出て行った。

 しばらくそのまま、二人は身を寄せていたが、そのうちに、レイファスは彼女から手を離した。

 不安な中、触れていた体温がなくなったもの寂しさで、シルフィリアはつい声を漏らしそうになり、慌てて自身の口を手で押さえた。

 すがる相手を間違えている。
 いや、シルフィリアは、すがられる側として、人々を支える側として育てられてきたはずだ。
 敵国の、今しがたシルフィリアに無礼な働きをした男に、心まで奪われるなど、あってはならない。

 動揺の収まらないシルフィリアとは反対に、レイファスはいつもの様子で、開け放たれた扉の外にいる侍従達に指示を出し始めた。
 どうやら、リチャード第二王子は、訪問時に扉の前の護衛達に暴力をふるったらしく、廊下には怪我人が居るらしい。

 治療の手はずを整え、指示を済ませたレイファスは、シルフィリアの元へと戻ってくると、彼女を上から下まで舐めるように眺めた。
 先ほどの行為に加えて、その後にすがるような気持ちになってしまったこともあり、奴隷姫は羞恥を抑えられず、身を隠すようにして横を向く。

「あ、あの……」
「怪我はないか」
「えっ」
「二番目の兄は、ああいう男だ。多少なりとも傷をつけていることもあろう」

 そのぶしつけで、なんの感情も含まない声音で言われたその言葉が、シルフィリアを心配してのものだと知り、彼女はその緋色の瞳を瞬く。

 静かに待つ青い瞳と視線が合い、シルフィリアは思わず目を伏せた。
 何故かはわからないけれども、心臓の動きが激しく、体温が上がっていくような心地がする。

「だ、大丈夫、です。何もありませんでした」
「そうか」
「そ、それよりも、あの。先ほどの……」
「あれは演技だ。忘れろ」

 息を呑むシルフィリアに、レイファスは冷たく言い放つ。

「それとも、相手として自ら名乗りを上げるか」
「わ、たし、は……」
「お前の国を滅ぼしたのが誰なのか、忘れぬことだな」

 身を固まらせる奴隷姫に、赤色の狼王子は満足そうに嗤う。

 そして、しばらく所要で外すと言って、再びシルフィリアを一人置いていってしまった。

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