亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
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(演、技……)
一人レイファスの自室に残されたシルフィリアは、自分の気持ちがわからなかった。先ほど己がしていただろう顔を思って、じわじわと赤くなる。
彼は、シルフィリアにとって仇だ。
そんなことは許されない。
一人になったにもかかわらず、頭の中を整理することでいっぱいになっていた彼女は、ただただソファに座って悶々としていた。
すると、先ぶれもなく扉が開き、シルフィリアはビクリと肩を震わせる。
「……姉さん?」
「ジル!」
「しっ、声を抑えて」
扉から姿を現したのは、なんと弟のジルクリフだった。それだけではない、従弟のセディアスも共にいる。
会いたくて仕方がなかった二人の顔が見られて、シルフィリアの心はこれ以上ないほど浮き立った。
それと同時に、二人のことが心配になる。
このようなところに――レイファスの私室に入り込んで、無事で済むのだろうか。
そもそも二人は、どのような暮らしをしているのか。
二人の姿を目に焼き付けるように見つめたけれども、弟と従弟は侍従の格好をし、髪も整えられていて、ひどく痩せていたり、怪我をしている様子もなく、無事でいるように見える。
しかし、それでも心配で、シルフィリアは思わず二人に飛びついた。
泣きそうな顔で抱き着いてきたシルフィリアに、二人の男はまんざらでもなさそうに笑っている。
「姉さんにもこんなふうに甘えところがあったなんて、意外だな」
「ジル、だって、無事なの!? 二人とも、ずっと心配で」
「心配していたのはこちらですよ。私達はなんともありません」
気安く話してくれる弟と従弟に、シルフィリアは目頭が熱くなるのを感じる。
最後に二人の声を聞いたのは国が滅んだあの日のことだ。特に、最後の王族として毅然とした言葉遣いをしていた弟は、どこか遠い世界の人のようだったから、今のように気安い言葉遣いをする声を聞くことができて、シルフィリアは心の底から喜んだ。
「どうしたの? どんなふうに過ごしてるの? ここに入ってくるなんて大丈夫なの? 人族にはわからなくても、獣人には匂いであとからばれてしまうでしょう、どうするつもりなの?」
「姉さん、落ち着いて」
「だって、ジル!」
「僕達も頑張っているんだよ。それよりも姉さん。僕達はこのとおり、無事だ。研究と言っていたから何をされるのかと思ったけど、特段ほかの使用人達と扱いは変わらない」
「本当に?」
「うん。どちらかというと、他と違う扱いをされているのは姉さんだ。……酷いことはされてない?」
そう言われて、シルフィリアは以前リチャードが現れた時の『演技』のことを思い出し、かあっと頬を赤く染める。
その傍らで、従弟のセディアスがカッと顔を赤らめた。
「……! シルフィリア様、首に……」
シルフィリアは、何を言われているのか分からず戸惑った後、ようやく気が付いた。
先ほど、レイファスが彼女の首元、服に隠れていない位置に、跡をつけていった。
セディアスが指摘したのは、そのことだろう。
「ち、違うのよ。これは、その……」
「あの男は、結局のところ、あなたを手に入れたかっただけなんだ」
「それは違うわ、セディ」
「何が違うんです」
セディアスの燃えるような怒りに、シルフィリアは、レイファスとの関係を話してしまおうと思ったけれども、しかしその言葉は喉の奥で止まってしまい、空気を震わせることはなかった。
レイファスは、シルフィリアや女使用人たちを守るために閨に呼んでいる。
そしてそれは、彼が彼女たちに手を付けたと周囲に信じられているからこそ、護りの機能を果たしているのだ。
彼は、アリア以外には余計なことを言うなと言っていた。
ここでシルフィリアが、相手は弟と従弟であるとはいえ、レイファスの寝室でのことを漏らしてしまうのは、それに守られている者として、誠意に欠けるのではないか。
その相手が、例え家族の仇であったとしても……。
抗議の言葉を上げようとして、結局何も言わなかったシルフィリアに、セディアスは怒りを隠さなかった。