亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~


「姉さん。まずは、元気そうで何よりです」
「ジル……」
「次いで、御身の状態をお聞きしたく。レイファス第四王子殿下に無体なことはされていないんだね?」
「……」

 再度顔を赤らめたシルフィリアに、従弟のセディアスはぎり、と歯噛みをする。
 しかし、弟ジルクリフは、静かに彼女の言葉を待っていた。

「何も、ないわ。あの人は、私に無理強いをするようなことは……何も」
「……そう。ならいいんだ」

 ジルクリフはそれだけ言うと、隣にいるセディアスに目を向けた。
 手を強く握りしめて悔しさを隠し切れない様子の従弟に、ジルクリフは再度息を吐く。
 そして、姉に向き直り、目で促してきたので、シルフィリアは気まずく思いながらも、話を続けることにした。

「それよりも、あなたは? ジルとセディは、本当に何もされていないのね?」
「僕は大丈夫だよ。周囲は同じ面子で固められて、他の派閥の者と接触しないよう隔離されているけれど、さっきも言ったとおり、やらされていることはただの使用人と変わらない」
「……私も、そうです」

 シルフィリアの気遣う視線に、セディアスはなんとか頷く。
 ジルクリフは従兄の様子に苦笑しながらも、状況を説明した。

「姉さんは気が付いてるだろう? レイファス殿下の配下には少数民族が多い」
「……ええ」

 レイファスの配下は、その多くが、彼が滅ぼした少数民族の生き残りであった。
 そして何故か、誰もが彼を慕っている素振りで、全力で彼に仕えている。
 民族を滅ぼした張本人であるとわかっていて、なお、その忠誠を彼に捧げているのだ。

「理由を聞いても『そのうちわかる』ばかりで、誰も詳細を教えてくれないんだ」
「そうなの」
「うん。だけど、わかるような気がする。レイファス殿下は、――あの人は、他の王族とは少し違う」

 シルフィリアは頷いた。

 サディストで有名な第二王子リチャードだけでなく、ラグナ王国の王族はみな、欲望に忠実な一面を持っていた。
 獣の血がそうさせるのであろう。
 国王ラザックは支配欲に忠実であるし、第一王子ライアスは勝負ごとをこよなく愛し、賭博に浸っているという話だし、第三王子ルーカスは食欲をとめられないで有名であった。

 そして、暴虐の狼王子として名高い第四王子レイファスは、女好きで戦好みという噂にもかかわらず、シルフィリア達の前で獣としての本性に振り回される姿を見せない。

「それが、絆されているというんだ」
「セディアス」
「ジルクリフ様まで、何故あんな奴をお認めになるんです。シグネリア王国の誇りを忘れたのですか。仇であるあの王子を、この国を許すのか!」
「そうではない」
「現にあなたは、レイファスを信用しようとしている!」
「セディアス!」

 弟の静止の声に、セディアスは息を荒げながらも、口を閉ざす。

「今のお前にできることは何もない。お前の生活を守っているのも、この場に来られたことすら、お前が憎むレイファスのおかげだ」

 ジルクリフの言葉に、セディアスは怒りの視線を向け、シルフィリアはやはり、と思う。
 やはり、二人をここに送り込んだのは、レイファスなのだ。
 でなければ、奴隷である二人が、身の安全を確保した上でシルフィリアに会いに来ることなどできようか。

 ジルクリフは姉と従兄の様子に構うことなく、姉に向き直り、彼女を抱きしめた。

「姉さん。今日は話ができてよかった」
「……ジル」
「自分の目で見て、考えて。そして、自分を大切にして」

 耳元で、セディアスに聞こえないように言われたの言葉に、シルフィリアは目を瞬く。
 三つ年下の弟は、シルフィリアから体を離すと、ふわりと微笑んだ。

「僕は姉さんを信じてる」

 それだけ言うと、弟と従兄弟は部屋を去っていった。


< 26 / 102 >

この作品をシェア

pagetop