亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

 そしてある日、シルフィリアの手元に恋愛本が届いたところで、部屋の隅でお腹を抱えて笑っている黒髪眼鏡が現れた。

「……」
『そうきたか。こうくるとはな。いやはや、イイよ。あいつはイイ』
「あなたに、そう言われても」

 眉をひそめながら本の触りを読み、顔を赤くして本を閉じた初心な奴隷姫に、不審な黒髪眼鏡は、息をするのも苦しいといった体で爆笑していた。

『さ、さわりでお前、そんな、破廉恥な内容の』
「きっと、何が大切な意図があるのです。何かこう、文章の中に隠された……」
『ど、奴隷に庇われる、主人……』
「お、おだまりなさい。で、ですが、この本に関して意見があるなら、聞いて差し上げてもよろしくてよ」
『さまよえる子羊すぎる』
「もう、笑うだけなら消えなさい!」
『あいつはこれで、お前に勉強してほしいんだよ、きっと』
「……何を!?」

 瞳だけでなく、首から上の肌を真っ赤にしている金髪の緋色姫に、恰幅のいい黒髪眼鏡はさらに爆笑している。

『そ、そこに載っている、技術……』
「……」
『ああ、泣くなもう』
「泣いてません!」
『泣きそうな顔をするな。ええと、うん。そこに載っている技術、ではなくてだな』

 ふと、包み込むような優しげな目をした男に、シルフィリアはパチクリと目を瞬く。

『愛を知ってほしいのだろう』

 複雑な、なんとも言えない表情をした亡国の姫に、男は黒髪をくしゃくしゃとかきながら、立ち上がる。

『お前の行く末に幸あれ、と思っているのだろうな』
「……どの口で」
『そうだな。だから、あれは口に出さない』

 唇を噛み締めるシルフィリアに、男は語る。

『あれにはあれの理屈がある。しかし、それはお前には関係のないことだと、俺は思うよ』
「そうよ。どんな理由があっても、私は」
『だが、奴隷の姫よ。お前の生き方を決めるために、きっとあれを知ることが必要になるだろう』

 そう言うと、男はいつものとおり、姿をかき消してしまった。

 シルフィリアは、困り果てていた。

 そんなことを言われても、困るのだ。
 彼には、憎き敵でいてもらわなければ。
 なのに、どうして。
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