亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
「来週、鹿狩りがある」
ある日、朝食の場にて、重苦しい顔でそう告げたのは、レイファスだった。
鹿狩りというのは、死刑宣告か何かであっただろうか。
シルフィリアがそう考えてしまうほどには、レイファスは暗い面持ちをしていた。
「お前も同行するよう、父上の指示があった」
「……私も、ですか」
「そうだ。アリアに準備をさせる」
それだけ言うと、暗い顔をした赤い髪の男は、朝食を半分も残したまま、部屋を出て行ってしまった。
シルフィリアの緋色の瞳には、その姿が、よたつく小さな狼に見えて、なおさら困惑は深まっていく。
「よく見ていらっしゃるのですね」
悩む緋色姫にそう言ったのは、侍女のアリアだ。ミルクティー色の髪をした、若いく可愛いらしい、十代の侍女。
シルフィリアの私室で、鹿狩りの会に出るための衣装合わせをしているときに、つい、レイファスの様子がおかしいとこぼしたところ、アリアはくすくす笑いながら話をしてくれたのだ。
「殿下の感情の機微を悟ることができるのは、私と、本当に近くにいる使用人くらいなのですよ」
「あんなにわかりやすいのに?」
「殿下は、大変無表情がお得意な方ですから。ですが、そうお感じになるのであれば、幸いです」
穏やかな笑顔で返された言葉に、シルフィリアはじわじわと体温を上げてしまう。
それではなんだか、シルフィリアがレイファスのことを知り尽くした、気安い仲だと言っているようではないか。
ひとしきり照れた後、ふと、シルフィリアはアリアに問いかけた。
「アリアさんは、何を知っているの?」
その問いに、アリアはぴたりと動きを止めると、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「申し訳ありません。私からは、何も申し上げることはできないのです」
「……そう」
「けれど……」
アリアは、言葉を選ぶようにしながら、迷いつつも、ゆっくりと口を開く。
「あの方は、悪ではありません。けれど、正義でもないと思います」
シルフィリアは、目を見開いた。
意外にも、アリアは主人を盲信しているわけではないらしい。
「それでも、私はあの方の在り方を、支えていきたいと思ったのです。ただ、それだけ」
「在り方……」
「シルフィリア様には、酷なことが多いと思います。あなた様は、私達とでは、あまりにも立場が違う」
「私達?」
「私達、使用人とは違います。同じように飾られた花々であっても、落ちていた花と、手づから摘み取られた花では、見える世界があまりにも違う」
アリアの蜂蜜色の瞳が、真っすぐにシルフィリアを捉えてくる。シルフィリアは、うろたえた。アリアのレイファスに対する覚悟は、きっとシルフィリアのそれよりも、ずっと強く、大きい。
「けれど、シルフィリア様。私はそれでも、あの方の願いを遂げたいと、そう思ってしまうのです」
「願い? 彼は何を求めているの?」
「……」
「アリアさん」
「――少し、気が緩みすぎだな」