亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
「太もものベルトは右だけか。両方つけてもいいんじゃないか」
「……」
「ナイフは何本あってもいい。隠密用の魔石は、もう少し仕込めるだろう。そもそもベルトのサイズが合ってないな、足が細すぎる」
「……」
「特注すると情報が漏れやすいからな。アリア、なんとか太もものサイズに合うよう細工しろ。それで、ジャケットの中はどうだ。胸の間に仕込んだ丸薬は、この位置では取り出しが」
「殿下」
アリアのおどろおどろしい声に、レイファスは不思議そうな顔で彼女を振り返った。
その澄んだ青い瞳に、アリアはため息をつく。
「シルフィリア様を見てください」
「今、くまなく見ている」
「そうではなく!」
珍しく声を荒げた馴染みの侍女に、レイファスは目を丸くし、自身の正面に立つ金髪の姫君に目を走らせた。
レイファスによって、ジャケットを半分脱がされ、デイドレスの胸元のボタンは外されている。
その上で、丸薬を収めた青色のレースの胸当てが見えるよう、服を乱され、肌を晒した姿がそこにあった。羞恥に震えているせいで、さらけだされた豊かな胸の盛り上がりが、ほのかに揺れている。そして、こんな状況であっても、主人に強く服を掴まれているため、逃げることもできない、薄幸の奴隷姫……。
「……」
「殿下」
「すまない」
「もっと謝って!」
「これ以上どうすれば」
「自分で元に戻してください」
「アリアさん!?」
侍女アリアの言をまともに受け取った狼王子は、真面目な顔をして、自身の奴隷である緋色姫の乱れた服を整え、ボタンをはめなおし、ジャケットの留め具を戻した。
シルフィリアは、もはや赤い石像のように、真っ赤な顔で立ちすくむのみである。
「やはり胸当ての丹薬入れは増やした方がいいと思う」
「殿下!」
「口の中にも何か仕込んだ方がよくはないか」
「そこに仕込めるようなものは、この短期間では準備できかねます」
アリアの静止にめげず、レイファスは散々、仕込み武器に文句をつけること三十分、ようやく満足したのか、自室へと去っていった。
嵐のような時間であった。
「ええと……随分と、打ち解けられたようで」
「……」
「申し訳ございません」
「いえ……」
「で、ですがその、殿下はその……」
「その?」
すがるような目を向けるシルフィリアに、アリアは、苦笑しながら、言葉を選ぶようにして、彼女の仕える奴隷姫の促しに応える。
「狼の化身であらせられますゆえ。本当は、とても気安い方なのですよ」
-◇-◆-◇-◆-
シルフィリアはその夜、赤い小さな子狼の夢を見た。
誰にも声をかけられることのない、ひとりぼっちの、真っ赤な毛色の愛らしい子狼。
その姿が、なんだか哀しくて、手を伸ばそうとしたところで、ふと目を開けると、そこにはふかふかの赤い毛並みがあって、シルフィリアにぴったり寄り添うようにして寝息を立てていた。
辺りはまだ暗く、朝になるにはまだ遠い時間のようだ。
朝、起きるときにはきっと、彼女から遠い位置に離れているだろうそれ。
柔らかな毛並みからふわりとフィリアの花の香りがするのは、彼が寝る前に、窓際の白い花を手に入れてきたからなのだろう。
フィリアの花の花言葉は清純、癒し、命。――そして、真実の愛。
奴隷姫は何も言わず、赤い狼に寄り添ったまま、その緋色の瞳をゆっくりと閉じた。