亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~


「演技の、訓練?」

 シルフィリアは今、王族用の広い馬車の中、レイファスと二人きりであった。

 馬車での長旅ということで、肉体的な疲労を覚悟していたシルフィリアであったが、その予想は外れ、座席は全くと言っていいほど振動を感じさせない。
 外装だけでなく内装も豪奢なその馬車にはいくつも魔石が仕込まれており、振動が伝わらない仕組みになっているとのことであった。
 通常のものよりも個室が縦に広く、進行方向に対して横向きに長座席が向かい合うように設置された珍しいもので、長い旅路の間、体を横にすることもできる仕様なのだという。
 部屋の隅にはお茶等も用意されており、進行方向とは反対側に扉が付いていて、防音魔石付きの手洗いの場まで設置されているとのことだ。

 このように贅を凝らした馬車を用意できるのは、大国であるラグナ王国の王族ぐらいかもしれない。

 シルフィリアは、もはや馬車とは思えない配慮の行き届いた室内を珍しそうに眺めた後、レイファスの向かいにそっと腰を落とした。

 すると、向かい合った主人がほのかに眉根を寄せていて、奴隷姫は不思議に思いながらも、口に出さないのであればさほど気にすることではないのだろうと、窓の外に視線を外す。
 そうして静かに過ごしていると、レイファスがふと、話始めた。

「鹿狩りでは、会場で父に挨拶をする。その際、お前も同伴する」
「かしこまりました」
「そこには、兄達も居る」
「はい」

 シルフィリアの返事の後、少し間をおき、レイファスはおもむろに彼女の手を取った。
 わずかに身を強張らせるシルフィリアに、赤い髪の主人はため息をついた。

「不慣れすぎる」

 首をかしげる無垢な奴隷姫に、レイファスは不機嫌も露わに、自分の隣に座るよう指示を出した。

 こんなにも広い馬車の中、何故隣に。

 口には出さないものの、そう訴える緋色の瞳に、レイファスがさらに眉間の皺を深めたところで、シルフィリアは言われるがままに左隣に座る。

 すると、レイファスは当然のように、彼女を腰から引き寄せてくるではないか。

「あ、あの!」
「訓練をしろ」
「な、なんの……」
「演技のだ」
「演技の、訓練?」
「毎夜、私に屈服させられている敵国の王女の演技だ」
「くっ……!?」
「そのような女が、そしらぬ顔で向かいに座るとは思えぬ」

 レイファスは空いた右手で彼の奴隷姫の髪を掬いあげ、そっと口づけを落とした。
 白い肌をじわじわと赤く染めていく初心な緋色姫に、狼王子は睦言のように耳元で囁く。

「男を知らぬ様を見せるな」

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