亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

 その後、休憩を何度か入れ、宿にも泊まったが、レイファスの態度は会場に着くまで、一向に変わらなかった。

 長い旅路であるため、常に寄り添っていたわけではなく、会話をするつもりはないようであったが、狼王子は広い馬車の中で彼女を離さず、手を握り、髪を弄び、秋のブドウを手づから奴隷姫の口に運び、彼女に小さな手にブドウを握らせながら自分の口にも運ばせ、疲れたと言って勝手に彼女の膝枕で体を横たえる。

 確かに、シルフィリアは、ただそこに居ただけである。
 彼女の主人は、嘘はついていない。

 しかし、その仕草があまりにも甘い。
 じゃれつく子狼を思わせるそれらの行為は、シルフィリアに、ある種の好意を錯覚させてくるもので、その糖度に、彼女はめまいがするほど狼狽えた。

 違う。これら行為は、すべて訓練のためなのだ。
 そうでなければおかしいと、初心な奴隷姫は何度も心の中で呟く。

 なお、馬車での最初の時間以来、レイファスはシルフィリアを追い詰めるようなことも言わなかった。ただひたすらに、優しく触れてくるだけである。

 これも、シルフィリアの心を思ってのことではなく、きっと、彼女をいたずらに動揺させてしまい、演技が失敗に終わることを恐れてのことだ。
 自分の膝で寝ているレイファスを見ながら、奴隷姫は緋色の瞳を潤ませ、必死に心の中でそう念じる。

 そもそも、『演技』をすること自体がおかしく、こんな苦労をせずとも、レイファスが好き放題にシルフィリアを蹂躙すればそれで済む話なのだが、すっかり気を許して寝息を立てている赤髪の主人のことで頭が一杯の奴隷姫は、そこに考えが至らない。

 移動中は終始そんな様子であったため、会場に着いた頃には、奴隷姫は、無理やり距離を縮められ、屈服させられた亡国の王女を体現した状態に仕上がっていた。
 無体な主人の思惑どおりである。

 初心であったはずの彼女は、主人たる男に如何様に触れられても、もはや身を強張らせることはない。
 ただ、唇を引き結び、羞恥と悔しさに耐えるだけである。


 
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