亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

「レイファス」

 ピクリと腰を抱く手に緊張が走り、シルフィリアも気持ちを正して声の方向を見た。
 そこには、赤茶色の髪に焦げ茶色の瞳をした、体つきのいい男がいた。

 紺色をベースとした衣装に、煌びやかな金糸の装飾が施されており、その巧みなつくり、贅を凝らした風情は、彼が王族であることを指示している。
 顔立ちはどこか優しく、たれ目がちなその瞳と丸みを帯びた顎が柔和な印象を与えるものの、その瞳の奥に光るギラギラとした炎は、彼が油断のならない相手であることを感じさせる。

 背丈はレイファスより少し低いが、それは元々レイファスが背丈があるためだ。
 女性であるシルフィリアからしたら、目の前の男も十分に背が高く、見上げなければ向き合うことが難しい。

「ライアスの兄上」

 レイファスの言葉に、シルフィリアはようやく、目の前の男がこの国の王太子であることを知った。

 ライアス=ヴィオ=ラグナ。
 国王ラザックの最初の子にして第一王子。
 二十二歳の彼は、賭け狂いと揶揄され、第二王子ほどではないものの、人族の間では畏怖され、忌避される存在である。

「久しいな。お前と顔を合わせるのは、先日の戦勝の祝賀会以来か」

 先日の戦勝というと、シルフィリアの母国であるシグネリア王国を滅ぼしたあの戦のことであろう。

 すました顔をしながらも、第一王子に見えない位置で己の手を軽く握りしめるシルフィリアに、レイファスは彼女を視界の端でとらえた後、心なしか彼女を抱く手に力を入れた。

 シルフィリアは、目に見える反応はしないものの、内心驚いていた。
 もしかして、気を遣われたのだろうか。

「そうですね。兄上に置かれましては、ご健勝のようで何よりです」
「うん。お前も元気そうだな。それにしても、珍しく執心の女がいると噂になっているぞ」

 ライアスの無遠慮の視線を受け、シルフィリアは、悠然とした笑みを浮かべる。
 ちらりとレイファスの方を見ると、彼がそれとなく彼女を引き寄せる手を離したため、シグネリア王国の貴族令嬢として、最も敬意を表する相手への礼を取った。

「お初にお目にかかります。亡シグネリア王国が第一王女、シルフィリアと申します。ラグナ王国が第一王子殿下におかれましては、ご健勝のほど、なによりと存じます」
「シルフィリアか。姓は名乗らぬか」
「奴隷の身でありますがゆえに。今は弟君であらせられるレイファス殿下に仕える立場です。今後姓を名乗るとすれば、レイファス殿下に与えられた新たなものとなりましょう」

 一つに結わえられた腰まで届く金糸が、さらさらと秋の風に揺られ、細い手で広げられた煌めく緑色のデイドレスが優雅さを際立たせる。
 洗練された仕草、その美しさと豊満な体つき、何よりも言葉の内容に、第一王子ライアスは満足そうに笑みを浮かべた。

「なるほどな。これはリチャードが騒ぎ立てるはずだ」
「兄上」
「あいつはまだ諦めていないようだぞ。元々、お前が言い出す前から、あいつは緋色に興味があったらしいからな」
「そのようなことは存じません」
「お前はそうだろう。しかし、あいつからしたら、後から現れた弟が宝を横から攫っていったわけだ。さぞかし業腹なことだろうて」

 苦い顔をするレイファスに、ライアスはこの上なく楽しそうに嗤っている。
 レイファスはため息をつくと、いつもの冷静な顔に戻り、ライアスの周りに目を走らせた。

「それよりも、奥方達はいかがいたしましたか」
「うん? ああ、妃どものことか。あれは、他に貸し出している最中だ」

 レイファスはピクリと眉を動かし、シルフィリアはなんのことだかわからず軽く目を見開いた。
 その様に、ライアスは愉しそうにただ嗤っている。

「相手を一人に絞りがちな人族にはわかるまいよ」
「兄上。説明する必要はありません」
「何を言う、レイファス。お前の美しい奴隷姫は、興味を持っているようだぞ?」

 じろりとレイファスに睨まれ、シルフィリアは内心冷や汗をかいていた。
 どうやら、余計なことをしてしまったらしい。
 しかし、他に貸し出すとは、一体どういうことなのだろう。

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