亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
ライアスから離れ、息を吐いたシルフィリアと共に、レイファスは用意された自席へとついた。
会場に用意された王族用の貴賓席には、丸いテーブルを囲うような形の、半円型の大きめのソファが設置されていた。
これはおそらくレイファスのように、各王族が鹿狩りへの参加に当たり、女を侍らせることを想定してのことなのであろう。
シルフィリアはレイファスに伴われ、席に着き、周りと見渡す。
現在、正式な妃を迎えている王族は、王太子であるライアスだけだ。
しかし、彼の三人の王妃は、先ほど本人が言っていたとおり、他に貸し出し中のため、本日は参加しないようである。
本人も、先ほどおいてきたばかりなので、第一王子の席の周りには彼の側近達は居るものの、本人の姿はない。
国王ラザックと第三王子ルーカスの席も空いており、周りにはまだ誰も居ないので、二人はまだ会場に着いていないようだ。
対する第二王子リチャードは既に席についているようで、その周りには、怯えたような細身の女性達が複数侍らされていた。
彼はその残虐さゆえに妾も奴隷も入れ替わりが激しく、固定の相手が居ないということは、シルフィリアの耳にも届いている有名な事実だった。
彼の周りに居る女性達の一人が、シルフィリアの方を見て、恨めし気な色を浮かべたので、シルフィリアは思わず目をそらした。
彼女達の立場は、ともすればシルフィリアのものであったに違いないからだ。ただ、レイファスに選ばれたというそのことだけで、シルフィリアは心を潰さずにいることができている。
しかし、きっと挨拶には行った方がいいのであろう。というか、第二王子が既に席に座しているのに、このように座り込んでいていいのだろうか。
「気にしなくてよい」
「……あ」
「あれと私が対立していることは、誰もが知っている。それに」
「それに?」
シルフィリアが長いまつげを上げ、不思議そうにレイファスを見上げると、レイファスが彼女の頭に手を添え、そっと額に口づけを落とした。
話が違う。
この旅路で散々慣らされたとはいえ、こういう直接的なことは決してなかったではないか。
これにどう、慣れたそぶりを見せろというのか。
ワッと野次で沸く観客、白い肌を真っ赤に染めてわなわなと震える彼の緋色姫に、レイファスはほのかに浮かれた様子を見せながら、兄である第二王子の方に目を走らせた。
「今、私から出向く方が、悪い結果を呼ぶだろうな」
彼の青い瞳の向いた先を見ると、シルバーブロンドの釣り目の若い王子が、今にも怒りを爆発させそうな目をしてこちらを見ていた。
とんだ挨拶もあったものである。
出向く方が悪い結果になるよう仕向けたのは、どこかの大嘘つきな狼王子のせいではないか。
憮然とした表情を隠さないシルフィリアに、レイファスはくっと失笑する。
機嫌のよさそうな狼王子に、不満で一杯の彼女が目を向けると、彼はぴくりと目を見開き、会場入り口の方を見て、席を立った。
入口からこちらに向かってくるのは、片口で切りそろえたハニーブロンドの髪が眩しい、ふくよかな青年だった。
穏やかな顔つき、緑色の澄んだ瞳をしたその人は、手に多くの生肉の串焼きを持ち、頬張りながらこちらへを向かってくる。
きっとあれが、第三王子ルーカスなのだろう。祭りの日にふさわしい、明るく豪奢な薄黄色の衣装を身にまとっているが、串焼きのたれで汚れはしないのだろうかと、シルフィリアは無粋な心配をしてしまう。
シルフィリアがレイファスに合わせて立ち上がると、レイファスは案の定、彼女を伴い、その明るい色味の青年の元に向かっていった。