亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
「やってくれたね、お姫様」
目を真っ赤にした猿の獣人は、木のある所の移動が得意らしく、木陰に隠れていたシルフィリアを木々の上から目視で見つけ、気配なく忍び寄ったらしい。
息をすることもままならないシルフィリアの頭からジャケットを落とすと、ダニエルはシルフィリアの喉にナイフを突きつけながら、ゴクリと唾を呑んだ。
「ここで殺してしまうのも、やぶさかではないが。それにしても、美しい」
「……確かめて、それで終わりではだめなのですか」
「一応、産婆に、見分け方は習っている。そうしろと、ライアス殿下が仰ったからね。けど、こっちは男だ。据え膳を前にそんなまどろっこしいことをする意味もないだろう」
ナイフでデイドレスの胸元をゆっくりと切り裂かれ、シルフィリアは覚悟を決めた。
ここで、この男に嬲られるくらいならば、やるべきことがある。
「――エーベル、助けて!!」
あらん限りの大声で叫んだ亡国の王女に、ダニエルは一瞬怯んだ後、憎々しげにその顔を歪めた。
「この、女!」
ダニエルはナイフを持つ手に力を入れ、シルフィリアの心臓を貫こうとした。
けれども、それは叶わなかった。
シルフィリアが無詠唱で自身の胸当てに硬化の魔法をかけたからだ。
刺す位置があと数ミリずれていれば、ナイフはシルフィリアの心臓を貫いていたけれども、彼女は運を味方につけ、その刃は胸当ての生地の上に刺さった。
歯が立たないナイフにダニエルが怯んだ隙に、シルフィリアは自分の太もものベルトからナイフを抜き、ダニエルの太ももにためらわずにそれを刺す。
猿の男の悲鳴が上がったところで、エーベルと、彼が連れていた者達がシルフィリアの元へと集まって来た。
それだけでなく、ダニエルの仲間の男達も、声を聞いて集まって来たようだ。
シルフィリアは男達に囲まれる中、エーベルの元へと走る。
「エーベル!」
「シルフィリア様! よくぞご無事で……いえ、これは……!」
痛ましいものを見るようなその優しい視線に、シルフィリアはじわりと視界が歪みかけて、あわてて腕で目をぬぐう。
視界を確かに確保しておかねばらならない。
エーベルをこのまま信用していいかどうかもわからないのだ。
まだ、危機を脱したわけではない。
「エーベル、その女を渡してもらおう」
「デニス!? ダニエルも……いや、怪しいとは思っていた。だが、どうして」
「何も聞かない方がお前の身のためだ。いや、お前達も引き立ててもらうか? その女さえ引き渡してもらえれば、何の問題もなくなるんだ」
催涙ガスの影響で、目を赤くした男達は、歪んだ笑顔で、エーベルと、その後ろに居る男達に向けて勧誘を始めた。
シルフィリアが祈るような気持ちで、エーベルと彼の後ろの男達を見ていると、彼らは一様に、呆れたような顔で息を吐いた。
「ダニエル、デニス。お前たちはもう終わりだ」
「何を言う。この女は、レイファス殿下の庇護下になければ、どうせ死ぬんだ。俺達の役に立たせて、それで――」
「だから、まだ彼女は、レイファス殿下の庇護下にあると言っている」
目を見開くダニエルとデニスに、エーベルはシルフィリアをかばうようにして立ちはだかると、後ろから歩いてくる人物に目を走らせた。