亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

3 鹿狩りの後


 その後、ダニエル達は取り押さえられた。

 シルフィリアの思ったとおり、ダニエルとデニスは、賭け事を好むライアス第一王子に、シルフィリアが本当にレイファスのお手付きとなっているのかどうか調べるように命じられたとのことだった。
 それを成せば、ライアス第一王子の元で出世させると、そう取り引きをもちかけられたのだそうだ。

 彼らは元々、貴族として出世できないことを理不尽に思いながら、その数少ない登竜門であるレイファスの元で働き始めた文官だ。
 しかし、秘密主義のレイファスに苛立ち、自身の力を認められていないと屈折し、ライアス第一王子の甘言に従ったのだという。

 シルフィリアはそれを聞いて、レイファスが全て打ち明けている相手は居るのかと、彼の孤独を思い、胸を痛めた。
 そして、アリアを思い浮かべて、心に針が刺さったような思いがして、慌てて首を横に振る。

 彼女は今、ようやくレイファスの元へと戻ることができたところだ。

 とはいえ、レイファスと対面することまでは叶わず、扉の外までしか近づくことを許されてない。
 彼はまだ、香木の効果から脱していないのだ。
 狼の本性を最大限に煽られた彼は、神樹の街の宿の一室で、ただひたすらに、欲に走らぬよう、理性を総動員させ、苦しみに耐えている。

 シルフィリアは、ダニエルに切り裂かれた服を別のものに変えたあと、急かすようにして、レイファスの状況をエーベルに尋ねていた。

「香木の効果を消すには、ひたすら欲を吐き出したり、運動したり、水を飲んで風呂に入って代謝を上げ、香木の成分を体の外に出すしかないのです」
「あなたは、どうしたの?」
「……」

 蛙の獣人であるエーベルは、香木の効き目が弱かったわけではないらしい。
 蛙も獲物を捕食する生き物だ。そうした、生き物を狩る獣を宿す獣人には、香木は強く効果を発揮する。

 しかし、エーベルは元王族であったため、亡き祖国から解毒の秘薬を持たされていた。

 毒全般に効き目をもたらす、解毒の力を込めた魔法薬。
 かよわい人族の国では、その国の技術の粋を集め、そういった解毒の秘薬を作り、王族に持たせることが多い。
 一方で、獣人は生命力が強く、解毒魔法の研究すらされていないことが多いのだが、エーベルの祖国である蛙の獣人の国は例外であったらしい。
 国民に毒蛙の獣人も多く存在したかの国は、毒の存在に悩まされることが多く、気休め程度に王族に解毒の秘薬を持たせていた。
 そしてエーベルは今回、亡き祖国から与えられた解毒の秘薬を使い、香木の効果を下げることができたのだという。

「私が持つ解毒の秘薬は一つしかなかったので、レイファス殿下に差し出したのですが、断られました」
「……何故?」
「おそらく、自分には効かないからと」

 獣に転変することすら可能とするラグナ王国の王族には、香木の香りはてきめんに効くのだという。

 エーベルの持つ秘宝を使えばおそらくは、香木の効果を多少、薄れさせることはできただろう。
 しかし、きっとそれだけでは動くことすらままならないと、レイファスは判断したのだ。

「それよりも、私が使用して、あなたを救いに行くようにと指示されました。南の狩場にいるルーカス殿下に助けを求めるようにと」
「……」
「私があなたに伝えるべきだと思ったのは、それだけです」

 蛙の獣人エーベルは、軽く頭を下げると、シルフィリアから離れていった。

 その後ろ姿を見ながら、シルフィリアは思う。

 彼はレイファスが滅ぼした国の王族だ。
 何故、こんなにも真っすぐに、レイファスに忠誠を誓うことができるのだろう。

 弟ジルクリフも、周囲に「そのうちわかる」と言われたと言っていた。

 わかる気がするけれども、シルフィリアにはまだ、はっきりとそれを手にすることができない。
 けれども、今のシルフィリアは、わかりたいと――恨みと責任を……苦しいと、思ってしまう。

 どうしたら、この気持ちから、解放されるのだろう。
 何が正しくて、一体、どうしたらいいのだろうか。

 シルフィリアは、己の左頬に手を添える。

 シグネリア王国の王族も、解毒の秘薬を持たされている。
 今もシルフィリアの手の内にあるそれは、治癒魔法ほどの効果はないけれども、人族の、何より緋色の瞳の一族が作った秘薬だ。
 きっと、獣人であるエーベルの国の秘薬よりは、力が強いはず。


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