亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
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『それにしても、随分と仲が良くなったものだ』
「……」
じろりと睨んでくるシルフィリアに、黒髪眼鏡の白シャツコートの男は、肩をすくめ、両手を上げて降参のポーズをとる。
「あなたは私のこと、助けに来てくれなかったわ」
『いや、俺にだってできることとできないことがあってだな』
「ただの幽霊のくせに」
『そういうわけでもない。色々と制限があるんだ』
「何よ、言い訳は要らないわ」
『俺が現れるためには、条件が揃わなければならない』
意外にも真面目な話をしようとしているのかと、シルフィリアは彼の方を振り向くと、ざんばら頭をかいた男は、恰幅のいい体を近くのソファに沈めた。シルフィリアの目には、ソファが沈み込んでいるように見えるのだけれども、他の者の目には、この光景はどのように映っているのだろう。
「それって、どんな条件なの?」
『言えない』
「……」
『シルフィリア。お前はレイファスをどう思っているんだ』
唐突な話の振り方に、シルフィリアが眉間にしわを寄せると、男はため息を吐いた。
『あれは覚悟を決めすぎている。お前よりも、自分の決めた未来を優先する男だぞ。それでもいいのか』
「父親みたいなことを言うのね。名乗りもしないのに」
『もう知っているだろうに』
「礼儀の問題よ」
『手厳しいことだ』
「創造主レグルス」
シルフィリアがその緋色の瞳で真っすぐに男を見据えると、男は愉快そうな顔で、にたりと口の端をゆがめた。
『我が娘もよくよく成長したものだな。男に教えられた知識で、虚勢を張るか』
「……彼はあなたのこと、害はないと言っていたわ。だから許してあげる」
『いよいよ沼にはまっているな。そんなにあの男が好きか』
「……」
歯を食いしばり、口を開くことのないシルフィリアに、レグルスは目を瞬いた。あれほどに甘く近しい関係を築いておきながら、意外にもまだ、彼女の心は熟していないらしい。
そして、思い出した。そうだ、そういう時期もあった。心を許すことができないのに、どうしても惹かれる気持ちを抑えることができない、苦しいときが。
『俺は、見届けるために、ここに居る』
シルフィリアがゆっくりとまつげを上げ、男の方を見ると、彼は今までになく穏やかで、暗い瞳をしていた。諦めの満ちたその灰色の瞳。けれどもシルフィリアには、そこに、僅かな期待が浮かんでいるように見える。