亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~


『ずっと、後悔しているんだ。結局、俺はなりゆきに任せてしまった。後に残った者に、イリアスに、すべてを押し付けた』
「イリアス……さん?」
『そうだ。あいつはずっと、俺に反対していた。治癒の力は要らないと――そう言って、獣人を作った』

 目を見開くシルフィリアに、レグルスは目を伏せると、彼の周りに魔法陣が浮かび上がった。
 夢の中ではないというのに、シルフィリアの視界が真っ黒に染まる。

 暗闇の中、金髪の奴隷姫が立ちすくんでいると、様々な映像が彼女の周りを次々に通り過ぎていった。

 見たことのない服を着た人達、知らない作りの建造物。ラグナ王国よりもはるかに活気のある、夜なのに昼間のように明かりで満ちた都市、馬よりも早く駆ける鉄の車、レールに沿って動く荷車に、想像も及ばないような魔道具の数々。

 そのうちに、空から星が降って来た。

 次々に落ちてくる光の矢、その一つが、だんだんと近づいてきて、炎をまとった巨石へと変わり、大地へ落ちて爪痕を残す。

 しばらくして、世界にある呪いが広がり始めた。

 ある日目が覚めなくなり、そのまま衰弱して命を落とす呪い。始めは病とも言われていたけれども、獣達には影響がなく、それが人にしか発症しないこと、症状に変質がないことから、魔術的な反応であると人類は結論づける。
 隕石のせいだと言いはじめたのは誰だったか。
 理由がわかってなお、人々はそれを治す方法を見つけることができない。

 対抗する術を持たない人類は苦しみ、ただひたすら、その数を減らしていく。明かりに満ちた都市は静まり返り、呪いを避けて、人は地下へと潜る。

 この頃には、シルフィリアにも、この光景がレグルスの見せている幻なのだと理解できていた。

『何かを成さねば生きていくことができないとわかったんだ』

 ふと、シルフィリアから離れた位置、暗闇の中に、レグルスが立っていた。
 白いシャツ生地のコートのポケットに手を入れたまま、シルフィリアと共に、その幻を眺めている。

『このままでは人は滅びると、誰もがわかっていた。だから、イリアスは未来に向けて、人の生きる力を強くした』

 ふと、最初にレグルスと会った時に見た部屋が浮かび上がった。

 ガラス張りの円柱の中に子どもが浮かんでいた、あの部屋だ。
 あれはおそらく、レグルスの研究室なのだろう。

 そこには、まだ以前に見た子どもはおらず、金髪碧眼の、レイファスに似た顔立ちの女性が居て、レグルスと言い争っているところだった。

『子ども達に、呪いに負けない強靭な体を与えればよいのです。それで世界は救われる』
『それではだめだ、イリアス。特効薬の開発が最優先だ』
『今まで、それは叶わなかったでしょう』
『……治癒魔法なら』
『レグルス!』

 いさめるイリアスに、レグルスは怯まない。

『治癒魔法を開発するべきだ。魔法の力を生命力に変え、すべての命を救い、修復する万能の魔法』
『それは禁忌だ! 人の命を、人の手で管理することになる』
『それでも。それでも、そうでもしなければ、人類が滅びてしまう』
『だから、子ども達を――』
『――今生きている者達を、すべて見捨てろというのか!』

 叫ぶレグルスに、イリアスは冷静な顔で、首を横に振った。感情が表に出ない様は、本当に、レイファスに似ていた。その冷静さの中に、優しさが秘められているところも。

『レグルス。治癒魔法の先にあるのは、老いだ。人は老い、文明は衰退する。若さを失う。誰を生かして誰を殺すのか、人の手で選ぶ日が来てしまう』

 イリアスの言葉は、レグルスには届かなかった。二人の研究者は、ここで道を違えたのだ。
 そうして、レグルスは治癒の力を――緋色の一族を創り出し、イリアスは強い子ども達を――獣人を、創り出した。
 ふと、映像がすべて消え、真っ暗な空間に、レグルスとシルフィリアだけが残った。
 シルフィリアの瞳には、一族の創造主である彼の背中が、とても小さいものに映る。

『欲望を吐き出すようにして生き、短く強く、生を遂げる。それはきっと、生物としてあるべき姿なのだろう。……だが、俺は受け入れられなかった』

 その理由はきっと、シルフィリアが思ったとおりのものなのだろう。

『俺はどこまでも人なんだ、シルフィリア。自分だけが、人として生きることを選んでしまった。そして、イリアスも――レイファスも、既に己の道を選んでいる』

 自分の手を握りしめるシルフィリアに、レグルスは、彼女にとって必要となる問いを投げかけた。

『お前は、どうする』

 それだけ言うと、彼は姿をかき消した。

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