亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
そうして悩んでいたある日、レイファスの留守に、予想外の客が現れた。
「やあ、シルフィーアさん。元気そうだね」
肩口で切りそろえられたハニーブロンドの眩しい、第三王子ルーカスである。
意外な来訪者に、シルフィリアは驚いたけれども、その場で礼をとり、ルーカスを出向かえる。
「先日は、ご助力いただきまして誠にありがとうございます、ルーカス殿下」
「いや、いいんだよ。それで、レイファスは居ないんだって?」
「はい。申し訳ございません」
「謝る必要はないかな。ちょうどいいからさ」
「え?」
ルーカスが扉の方を見ると、数人の男が現れた。数えると、五人程だろうか。人払いをしてあるのか、彼ら以外に周りに人が居ない。
現われた五人のうちの四人は、レイファスの側近で、彼が滅ぼした国の生き残り達だった。そして、最後の一人は――シルフィリアの従弟、セディアス。
異様な雰囲気の中、見知った顔が現れて、シルフィリアはすがるように話しかける。
「セディ? どうして、ルーカス殿下と一緒に?」
「シルフィリア様」
近づいてくる従弟に、シルフィリアは嫌な予感がして、思わず後ずさる。
「ああ。あなたは、そこまで愚かではない方でしたよね」
警戒するシルフィリアを壁際に追い詰めると、セディアスはシルフィリアの胸元にナイフを突きつけた。
「セディ!」
「私が、シグネリア王国を守ります。あなたがそれをしないならば」
「セディアス、何を言っているの? ……王国は、もう」
「まだ私が居る!」
初めて聞くセディアスの本気の叫びに、シルフィリアびくりと体を震わせる。
「あなたはそうして、すべては終わったことだと目を塞いで、堕落したんだ。私達、シグネリア王国の民を裏切った」
「裏切ってなんかいないわ。私はそんなこと」
「レイファスになびいたではありませんか! 我らの仇である、あの男に!」
碧く鋭いその視線に、シルフィリアはセディアスの怒りを改めて知った。彼はシルフィリア個人に対して、これほどまでに憤っているのか。
「シグネリアの王家の秘薬を彼のために使った時点で、あなたはレイファスを優先したんだ。王国を、私達を捨てた!」
シルフィリアは、己の手を握りしめる。
シルフィリアのとった行為が、シルフィリアとセディアスの溝を決定的なものにしたことはわかっていた。
彼に秘薬を捧げたことに後悔はない。
けれどもそれは、シルフィリアが今、責任よりも、ただレイファスを知りたいと――そう思ってしまっていることの裏付けとなってしまった。
これは、彼によって命を奪われた王国民への裏切りなのかもしれない。
けれども、そうして恨みに身を焦がし、彼に復讐を遂げたいと、今のシルフィリアにはとても思えない。
彼に与えられたものは悪意だけではないことを、誰よりも知ってしまっているから。
『あの方は、悪ではありません。けれど、正義でもないと思います』
いつかきいた、アリアの言葉が脳裏に浮かぶ。
『それでも、私はあの方の在り方を、支えていきたいと思ったのです。ただ、それだけ』
ああ、そうだ。シルフィリアもきっと、そう思っているのだ。
あんなふうに、身も心も捧げることができれば。
王女でなければ、よかったのに。
「……セディアス」
「何故、あの男についたのです。あれは我らが国を滅ぼした犯人だ。国王に我が国を攻めるよう、進言したのは、レイファスだ!」
「――人の部屋で、賑やかにしたものだ」