亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
その声に、室内はシンと静まり返った。
声の主が誰なのか、その場の全員知っていたからだ。
ただ、第三王子ルーカスが、手に持った袋の中の揚げ芋を食べる音だけが鳴り響いている。
部屋に戻って来た赤髪の王子は、ナイフを突きつけられたシルフィリアと、周りに居る男達、そして、自身の兄を見た後、ため息を吐いた。
「兄上。これは一体、どういうことです」
「僕はさ、何も知らないよ。ここに居るだけでいいって言われたんだよね」
「ライアスの兄上ですか」
「うん。神樹の蜂蜜をくれるって言うから」
その言葉に、レイファスは少し思案するようにした後、口を開く。
「亡きグルグス王国のトリュフではいかがですか」
「んー。心惹かれる提案だけど、先着順だからね。前回は、お前を優先しただろう?」
「そうでしたね」
目を伏せるレイファスに、シルフィリアは悟った。
前回、彼がレイファスとシルフィリアを助けてくれたのは彼がレイファスの味方だからではないのだ。
ただの、取引き。
レイファスが、誰よりも早く彼にお礼を用意したという、ただそれだけのこと。
レイファスは以前、ルーカスと仲がいいわけではないと言った。
あれは、謙遜でもなんでもない、事実だったのだ。
ラグナ王国第三王子ルーカスは、本人も言っていたとおり、本当に、食事にしか興味がないのだ。
だから、それを楽しいものにしてくれる側に、協力する。相手に執着していないから、内容に関係なく、ただの先着順で受け入れる。
そして、協力者として彼が持つ力は大きく、圧倒的な暴力、そこに地位と権力が伴われる。
――本当に、油断がならない人物。
シルフィリアが愕然としていると、レイファスはシルフィリアの周りに居る、自分の配下であるはずの男達を見た後、主犯である青みがかった黒髪の男――セディアスに問いかけた。
「それで、どうするつもりだ」
「武器を置け。抵抗すれば、この女を殺す」
「セディアス、あなた!」
「お前が狼に転変しようとも、ルーカス殿下が制止するだろう。その間に、このナイフをお前の奴隷に刺すことぐらいはできる」
「それはお前の主だったはずだ。それでも刺せるのか?」
「裏切り者に、我らの主たる資格はない! お前に靡くような、こんな!」
血走った眼で叫ぶセディアスに、レイファスは目を見開いた後、一度目を伏せ、ゆっくりとシルフィリアの方を見た。
シルフィリアは、嫌だった。
目の前にいる赤髪の王子の青い瞳に、諦めが浮かんでいるのが、手に取るようにわかったからだ。
「やめて」
レイファスは腰に佩いた剣を床に落とし、セディアスの方に蹴ってよこす。
近くの男がそれを拾い上げて隔離したあと、残りの三人の男がレイファスに剣を向けながら取り囲んだ。
「随分と女に溺れたものだ!」と揶揄するセディアスの言葉も、耳に入ってこない。
シルフィリアが魔法を使っても、ルーカスが居るから、逃げ切ることは難しい。
それに、相手はセディアスだ。
魔法に向けての対策もしているはず。
「私を庇う必要はありません。私は、あなたの奴隷に過ぎないのだから」
震える唇で、必死に言いつのるけれども、レイファスの表情は変わらない。
変わらないのだ。
シルフィリアは、どうしたら彼を説得できるのか、懸命に考えるけれども、何も浮かんでこない。
喉の奥が震えて、言葉が、出てこない。
今、彼を動かせるのは、きっとシルフィリアしか居ないのに。
「……殿下!」
「もうよい」
語気を荒げたシルフィリアに、レイファスは目を伏せる。
「ここで終わるのも、悪くない」
炎のような赤色が舞う。
それが、彼の美しい髪ではなく、彼が流した血で、三本の剣に刺しぬかれたレイファスが床に倒れ落ちる様を見て、シルフィリアは叫んだ。