亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
8章 兄弟

 レイファスは、シルフィリアを拒絶するようになった。

 それまであんなにも甘い空気を共にしていたというのに、今の彼は、シルフィリアと目も合わせようとしない。
 常に距離を取ろうとするし、寝室を共にしても、寝台の中で彼女に近寄ってこなくなった。
 話かけても言葉数が少なく、返事もそこそこに立ち去ったり、別のことを始めてしまう。

 あからさまに態度が違う主人に、奴隷姫は、全力で主人にすがってみることにした。

「……どういうつもりだ」

 主人が来るとわかっている寝室の中、寝台の真ん中に座しているのは、もちろんシルフィリアだ。

 しかし、衣装がいつもと違う。
 寒さも視線も防ぐことができないような、服の定義について考えさせられる布をまとい、ガウンは羽織っていたものの、赤髪の主人が現れると同時に、するりとそれを脱いだのだ。

 恨めし気な顔で、涙目で震えながら己を見てくる緋色の瞳の姫君に、レイファスは盛大にため息を吐く。

「お前には恥じらいがないのか」
「……わ、私にも、理由があるのです!」
「私は今日、ここでは寝ない」
「待って」

 立ち去ろうと扉に手をかけたレイファスに、シルフィリアが慌てて寝台から飛び出したので、レイファスはぎょっと目を剥いた。動揺を隠せない様子で性急に扉を閉めた赤髪の主人に、シルフィリアは横から抱きつく。

「そのような恰好で廊下に出るつもりか!」
「だ、だって、話をしてくれないから」
「用事がないだけだ」
「私にはあります」
「不要だと言っている。すぐにガウンを……」

 レイファスは固まった。
 目の前に居る奴隷姫が、その緋色の瞳から、ぽろりと涙をこぼしたからだ。

 艶やかな金髪に、愛らしく美しい顔立ちをした若い姫が、涙を止めることもできず、ただ口元を抑えながらレイファスの服を握りしめている。
 彼の方を見ないのは、レイファスを責めたくないと思っているからなのだろう。
 薄い布越し側に見える豊かな胸、細い腰、透き通るような白い肌も目に毒で、レイファスは指一つ動かすことができなくなってしまう。

 一方シルフィリアは、動かない主人に、彼を本当に困らせてしまったのだと察した。
 胸の痛みに耐えながら、彼の服を掴んでいた手を、ためらうようにして離す。
 他にレイファスと話をする方法は思いつかなかったとはいえ、捨て身の努力がひどい結果となったことに、彼女は相当に心をえぐられていた。
 赤髪の主人を真に困らせてしまったことも、羞恥に耐えてこのような真似をしたことの意味が全くなかったことも辛く、何より、彼と話をすることがままならない事実に、涙が止まらない。

 彼女は惨めな気持ちのまま、小さく「ごめんなさい」と呟いて、レイファスの傍から離れた。
 そのまま、寝台に戻ろうとしたところで、ふわりと背後から抱きしめられて、涙がきらきらと宙を舞う。

「……? あ、あの」
「そうではない」
「レイファス……」
「お前はずるい」

 レイファスはシルフィリアの唇をそっと奪うと、すぐに寝室を立ち去って行った。
 唇を奪われた奴隷姫は、彼を追うように扉に向かって手を差し伸べたけれども、結局、追いかけることを諦めて、その場で座り込む。

 ずるいのはそちらのほうだと、シルフィリアは思う。
 そんなふうに悔しそうな顔をして、人の心をねじ上げておいて、あの狼王子は一体なんなのだろう。

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