亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
腕に抱かれたシルフィリアは、ただひたすら、レイファスの胸元にしがみついて、涙をこらえていた。
庭園を抜け、王宮の第二別館――リチャードの根城を出たあたりで、レイファスは、自身の腕の中で震えている緋色姫に、静かに告げる。
「私は、お前を助けた。だが、私はお前の味方ではない」
シルフィリアが目を見開くと、ふわりと狼の姿が解けて、レイファスは人型に姿を戻した。
その青い瞳はただ、行く先を見ていて、シルフィリアのほうを見てはくれない。
彼が向かう先が、彼の私室のある王宮第四別館の方角ではないことに気が付いて、シルフィリアは周囲を見渡した。
それは、今までシルフィリアが近づいたことのない、豪奢で、繊細な意匠の――女性的な雰囲気のある建物であった。
不思議そうに周りを見ている緋色姫に、レイファスはここが国王の後宮の一つであることを伝える。
後宮には、基本的に、国王以外の男が立ち入ることが許されていない。
第四王子であるレイファスが入ることを許されている後宮があるとしたら、それは……。
「ここは、私の母二コラの後宮だ。私以外は、誰も近づかぬ」
「ニコラ、様……?」
「ニコラ=ニルヴァール。私を生んだ日に第四王妃となった。その日のうちに、父が殺した」
息を呑むシルフィリアに、レイファスはそれ以上、口を開かなかった。
中には使用人もおらず、ただ護衛が周りを守っているだけの後宮。
意外にも埃の匂いはせず、整えられているその建物の一番奥、その扉の中にレイファスは入っていく。
そして、シルフィリアは驚くべきものを目にした。
――体が、大量に保管されていた。
大量に並べられたガラス張りの円柱の中、それぞれに液体が満たされ、子どもが、女が、目を閉じ、ただ眠るようにして浮かんでいる。
しかし、それは全て、体の一部を失い、致命傷を負ったものばかりだった。
彼らが生きているのか死んでいるのか、シルフィリアには判然としない。
そしてその恐ろしい光景の中に、シルフィリアの三人の妹達が居る。
「サヴィリア! スーシェリア、セリティア……!」
サヴィリアの入っているガラスに触れ、すがるシルフィリアの声に、妹達は反応しない。
ただ、首につけられた獣の爪の跡が、このガラスからサヴィリアを開放したとしても、彼女に会うことができないのだと知らしめてくる。
シルフィリアは妹達の名を呼び、涙を流しながら、ふと目を見開いて、呟くようにして問うた。
「何故」
妹達の体を見つめたままの金色の髪の奴隷姫に、狼王子は静かに口を開く。
「私がやった」
「聞いていないわ」
「私は、お前の敵だ」
「それも、聞いてない!」
「私に絆されるな」
「レイファス!」
レイファスはふいに、シルフィリアに近づき、その唇を奪おうとする。
しかし、他ならぬシルフィリアが、それを妨げた。体をこわばらせ、涙に濡れた緋色の瞳で、抗うように赤髪の主人を見る。
その反応に、レイファスは満足そうに、――いつもの諦めを浮かべた青い瞳で、嗤った。
「それでいい」
それを聞いて、シルフィリアは、きっと自分が間違えたのだと思った。
彼がシルフィリアに、彼を突き放すよう仕向けていたことはわかっていた。
そして、シルフィリアはそれに抵抗していたはずなのに、間違えて、彼の思惑どおりに、心を離してしまった。
けれども、何をどこで間違えたのだろう。
彼の嘘は、一体どこにあるのか。
少なくとも今のシルフィリアには、それを掴むことができなかった。