亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
生まれたその日に母を失った、獅子と蛇の血を引くはずの、狼の王子。
官僚達が王族の系譜を調べ、はるか昔に狼の血が混ざっており、レイファスが先祖返りであったであろうと突き止めた頃には、ラザックはレイファスへの興味を失っていた。
ラザックは、レイファスから距離を置き、周囲に二コラとレイファスを想起させるようなことを許さず、二コラとレイファスの二人を、自らの記憶から遠ざけたのである。
こうしてレイファスは一人になった。
誰にも相手にされない、触れることを許されない小さな狼。
放置され、野生児のような育て方をされた王子は、生来の寡黙っぷりも相まり、誰にもなつかない問題児として侍従達の手を焼かせていた。
けれども、誰を困らせても、何をしても、誰も何も言わない。
誰も、彼のことを呼ぶことはない。
「レイファス」
だから、それが自分を呼ぶ声だと頭で理解するまでに、しばらく時間がかかってしまった。
自分を見ていたのは、白蛇だった。
白銀の長髪に、自分と同じ青い瞳をした、三十代半ばの、細身の男。
彼はゆっくりと振り向き、首をかしげたレイファスの、年に見合わない静かで無感動な様子に、一瞬何かに耐えるような表情をした後、ふわりと微笑んだ。
それは、石の表情筋を持つと言われる白蛇一族――ニルヴァール家の出である彼の精一杯の微笑みで、他の者が見たら、本当に笑顔なのか疑われるような、ささやかなものだった。
しかし、レイファスにはそれが、とても素敵で、特別な出来事だった。
このとき、レイファスの心に、目の前の白蛇の獣人――ニコラの兄ニーズヘッグ=ニルヴァールの存在が強く根付いた。