亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~


 -◇-◆-◇-◆-

 実は、ニコラが亡くなった際、ガルフォード帝国で再度、ラグナ王国に反旗を上げるべきか、議題となったのだ。

 しかし、ニコラが嫁いでまだ二年と経っておらず、以前と比べて、国の情勢はさほど変わっていない。
 そして何より、ここでラグナ王国に敵対を宣言すれば、間違いなくレイファスは殺される。

 だから、頼むからラグナ王国と敵対するのはやめて欲しいと、ニルヴァール子爵家一同が頭を下げて女帝に陳情したのだ。

 女帝は、次はないと言い切り、そこからがニルヴァール子爵家の戦いの始まりだった。

 私的にも公的にも、何度もレイファスを引き渡すようラグナ王国に願い出たが、肝心のラザックがそれを認めない。

 ならば仕方がないと、当時優秀な官僚としてガルフォード帝国で勤めていたニコラの兄ニーズヘッグが、ラグナ王国にレイファスの教育係として入り込んだのだ。
 数年はかかったものの、ラグナ王国の官僚達をガルフォード帝国の怒りを盾に説得し、ニーズヘッグは目的の地位を手にした。

 そうして、万全を期して、レイファスの前に現れたのである。


 -◇-◆-◇-◆-

 レイファスの教育は、それは大変なものだった。

 貴族の令息であれば当然に受けているべき教育を一切受けていない。
 それだけではなく、人が近くにいることすらまばらで、心が不安定な小さな王子は、人型をうまく保つこともできず、赤い狼の姿でいることが多かった。

 そんな小さな甥に、ニーズヘッグは根気よく付き添った。
 言葉遣いを教え、マナーを叩き込み、逃げる狼を捕まえて勉強部屋に閉じ込め、いたずらを叱り、寝入るまで側で本を読み聞かせた。

 ひとりぼっちだった小さな狼は、勉強にもマナーにも興味がなかった。
 興味があるのは、無愛想で優しい伯父にだけである。
 大好きな伯父はいつも、幼い狼をたくさん褒めて、頭を撫でてくれる。それが遊びの最中であれば、なおよい。

 だから、やんちゃな子狼はなんとかして伯父を遊びに連れ出そうとし、そんな甥に、さしもの氷の表情筋を持つ教育係ニーズヘッグも、苦笑いであった。

 そのうちに、レイファスがニーズヘッグの話を聞きたいと何度もねだるので、話下手なニーズヘッグは素直に、勉強の話以外は大した持ちネタがないと伝えた。
 すると、急にレイファスの勉学への態度が変わり、勉強の進度がすさまじい速度で進んでいったため、ニーズヘッグを唖然とさせた。
 レイファスはただ、伯父の声を聞くことが大好きで、寡黙な伯父に喋らせるには、確かに勉強の話題しかないと、伯父の談に失礼にも納得しただけなのだが、まさか本当にそのためだけに勉学に熱中しているとはつゆほども思っていないニーズヘッグは、ただ驚くことしかできなかったのである。

 こうして、レイファスは水を得た魚のように知識を増やし、それだけでなく、次第に生来の明るさを取り戻していった。

 蛇の血を引くとはいえ、狼の素養を色濃く持つレイファスは、本来的に愛情深く、人懐こい性格を有している。
 群れの仲間内を大切にし、家族を愛おしみ、番を宝物のように慈しむ獣の化身。

 人型を取るときは蛇の血が色濃く出ているようで、表情が固く、冷たい印象を与えることもあるけれども、ひとたび獣に転身すると、狼としての気質を隠し切れないのか、敬愛する伯父の周りを跳ねるように走り回り、ふかふかの尻尾を限界まで揺らして喜びを溢れさせていた。
 その微笑ましい姿に、周囲の使用人達も次第に絆されていく。

 そうして、レイファスの優秀さや愛嬌が、人々の耳に伝わり始めた頃、彼は十五歳となり、鹿狩りの会に出席できる年齢に達した。

 そして、初めて参加した鹿狩りで、事件が起こった。

 伯父ニーズヘッグが、鹿以外を狙うはずのない矢に撃たれたのである。
< 78 / 102 >

この作品をシェア

pagetop