亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

 指示をしたのは、レイファスの父ラザックであった。

 伯父の側で叫び、救護を指示し、青ざめるレイファスの元に、黒髪を揺らせながら、人型をした国王ラザックが現れたのだ。

「それは、もういいだろう」

 レイファスは最初、目の前の黒い男が何を言っているのかわからなかった。
 実の父との初めての会話であるというのに、その言葉の意味を理解することができない。

「もう要らぬ。お前にも、もう必要はない」

 ゆっくりとその言葉を脳裏で繰り返し、レイファスはようやく、父王が伯父を排除すべく手を下したのだと知る。
 よく見ると、伯父の背、矢が刺さった部分は変色しており、毒まで塗られているようだ。

 ――きっともう、助からない。

「何故」

 思わず口をついて出たと思しきその言葉に、ラザックは眉尻を上げ、苛立った口ぶりでこぼす。

「余所見をするとは、あの女と同じか」

 その言葉に、レイファスは目の前が真っ赤に染まったように錯覚した。

 目の前の男の戯れで、伯父を失うであろう事実。
 レイファスの大切な家族を爪にかけた、その男への激しい炎のような怒り。

 猛り狂うような獣の本能と共に、その内に有する魔力が怒りを乗せて暴れ狂った。
 赤い狼が姿を現し、身を焦がさんばかりの憤りが、冷えた炎となり、周囲の全てを凍らせていく。

 熱を操る赤い炎と共に、自らを屠らんと襲いくる赤い野獣に、ラザックは黒い獅子に転変した。

「相手が誰かわかってのことか、小僧!」

 言葉とは裏腹に、軽快な動きでラザックは炎の狼を迎え撃った。

 黒い獅子と炎の狼が牙を剥き、爪を薙ぐごとに、黒と赤の炎が舞い、大地を、木を、焦がしていく。

 そこから一時間ほど戦いは続き、会場は戦場の如く破壊され、炎と氷に痛ぶられた大地に倒れ伏していたのは、レイファスだった。

「まだ甘い」

 ラザックが見下ろした先には、魔力も肉体の力も使い果たし、息も絶え絶えの状態の狼だ。薄汚れた赤い毛の奥には、しかし、ギラギラと怒りを宿した青い炎が宿っている。

 それを見たラザックは、珍しく、声を上げて笑った。
 ラザックがそのような笑い方をしたのは、ニコラが生きていたとき以来なのだが、そのことをレイファスは知る由もない。

「これは私が預かろう」

 そう言うとラザックは、レイファスの力で凍りついた伯父ニーズヘッグの体を部下に運ばせ、持ち去ってしまった。

 レイファスは抵抗したかったけれども、指一本動かすことができなかった。
 彼の手では、伯父を救うことも、弔うことすら叶わない。

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