亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

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 それから、レイファスは戦場で、積極的に指揮を取るようになった。
 相手の国を調べ、その弱いところを一気に攻め落とし、敵国の頭を捉え、最速でことを終わらせる。

 そうしているうちに、レイファスの元に、ある女が現れるようになった。

 歳の頃は三十代半ばであろうか。シャツ素材の白いコートを羽織った、金髪碧眼の美しい女であった。
 心なしか、その顔立ちや冷ややかな目つきが、自分に似ているような気もする。
 名は、イリアスと言うらしい。

 彼女は、いくつかの条件が満たされたときに、獣人の前に現れることができるのだという。

『緋色を探せ』

 レイファスにしか見えないその女は、そう彼に告げた。

『私はあのとき、自分の力に奢っていた。天才と呼ばれ、すべてを見通した気になっていたんだ。だから、あいつの言葉にも、耳を傾けなかった』

 イリアスの生きていた時代は、世界が眠りで静まり返っていた。
 突如、空から隕石が落ちてきて、その後、未知の呪いが蔓延し、人々は次々に、目が覚めぬ眠りに落ちていったのだという。

 人の力で抗うことのできないそれに、人々は慄き、ただ数を減らしていく。
 特効薬も対抗魔法もなく、このままでは人類は滅びると誰しもが思ったそのとき、イリアス達は、人の体を、環境に合わせて作り変える禁忌に手を出した。

『私はあのとき、生きる欲を強め、体を活性化させ、短く、激しく、満ちたときを生きるべきだと思った。個体の寿命が短くとも、生を謳歌し、文明として若く力強さを持つべきであると』

 実際に、イリアス達の生きていた時代は、治癒魔法こそないものの、活性化魔法や美容薬により高齢化が進んでいた。文明は若さと機動力を失い、世界に呪いがこれほど早く蔓延したのも、老いの進んだ上層部の判断の甘さ故であったと生き残った人類は考えていた。
 そういった情報の、知識としての拾い上げにより、彼女は自分の判断を正しいものと信じたのだ。
 一人を長く生きながらえさせるのではなく、全体を生かすべきだと、そう思った。

『けれど、あいつは違った。たった一人を救うために、対抗できる魔法を――人類最大の禁忌とも言われる、治癒魔法の開発に着手したんだ』

 治癒魔法。人の命を、人の力で左右することのできる力。その力が存在するだけで、争いの火種となり、世界の老いを進め、命の順位づけを強要しかねない、悪魔の魔法。

『私は止めた。何を馬鹿なことをと、あいつのやろうとしたことを嘲笑ったんだ。だけど、そんなふうに言い争いながら、研究を続けている最中、奴が死んだ』

 黒髪に、よく眼鏡をかけていた無精髭のその男は、あっけなくイリアスを置いていった。
 彼の研究室には、培養液に浮かぶ、一人の少女の形をした研究個体が残されていた。
 イリアスの卵子と、彼――レグルスの精子を用いて作った、女の子だ。緋色の瞳をしたその子は、研究者レグルスの力により、悪魔の魔法を手にして、この世に生まれ落ちた。
 イリアスはそのとき、後悔に暮れた。

『あいつが死んで、私は自分が間違っていたのだと悟った。レグルスの居ない世界は、真っ暗だった。あいつの居ない世界なんか、必要なかったんだ。なのに、治癒魔法も、死んでしまえば役に立たない』

 このとき、既にイリアスは、自身の研究を完成させていた。

 地上に蔓延した呪いは、人を殺すが、獣には影響がなかった。
 だから、獣の血を混ぜ、生きるために必要な力を補い、次の世代が、強く気高く生きられるよう、被験者を募っていた。複数の獣人の子ども達が、呪いに影響を受けることなく地上で過ごしている様子に、残り少ない人類は沸いた。世界は、獣人の世界となるべく、スタートを切ってしまっていたのだ。

 ここで緋色の瞳を持つこの子どもの存在が世間にばれたら、一体どうなるのだろう。

『私は逃げた。自身の研究成果と、今後のことを弟子に任せて、あの子を連れて逃げたんだ。そして、小さな集落で、緋色を育てて――繋いだ』

 少女は聖女と呼ばれながら、ひっそりとその村で生を終えた。

 一度呪いを解除された人々は、再度その呪いにり患することはなかった。
 そして、聖女の子どもには緋色の瞳は受け継がれなかったけれども、孫に、ひ孫にと、その瞳の色はまばらに発現する。

 それでも、治癒の力を手にするのは、世界にただ一人だけであった。

 世代を跨ぎ、ようやく人々は、創造主レグルスが禁忌の力に鍵をほどこしたのだと知る。
 そうして、たった一人の持つその魔法の力が、かよわい人族の命を繋いでいく。

『私の思い描いたとおり、獣人の世界は若く、強い。けれども、足りないんだ。きっと、人はそれだけでは足りない。お前もきっと、そうなのだろう?』

 十七歳になったばかりのレイファスに、イリアスはただ告げた。

『緋色を探しなさい、レイファス。きっと、お前の望むものが手に入ることだろう』
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