亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~

 -◇-◆-◇-◆-

「次は、緋色にしましょう」

 二十歳となったレイファスは、そう、父ラザックに提言した。珍しく戦を求める第四王子に、父王は、口では不要だと言いながらも、興味深くその様を眺める。

「父上も、私が少数民族を集めていることをご存知のでしょう」
「緋色を使って、蘇らせるつもりか?」
「そのようなことをしたら、生き返った者達は全員で私を殺すでしょうね」
「お前の伯父を除けばな」
「伯父は、あなたが手放さないでしょう」
「何を企んでいる?」

 つれない態度で、意図を読ませない息子に、ラザックは嗤った。

 きっと、この狼は、祭りを始めるつもりなのだ。
 そしてそれはきっと、ラザックが待ち望んだものなのだろう。

 あの日、血濡れのニコラが預言したとおり。

「いいだろう。勝手にしろ」

 そうして、レイファスは初めて、己の選択で、国を滅ぼしたのだ。
 その結果、計画の要となる人物を手中にした。




 ひとりぼっちの狼王子は、ただ思う。

 伯父には、きっともう会えない。
 レイファスの手は真っ赤に染まっていて、何が正しくて、何が間違っているのか、彼にはもうわからない。

 けれども、彼には、やりたいことがあった。
 だから、わき目もふらず、そのことだけを考えて生きてきた。
 邪魔するものを取り除き、あとはただ、命をかけて、それを実現するだけ。

 なのに、あの緋色が、心を乱す。

 身勝手な狼が無理やり奪った、金色の髪をした、緋色の瞳の姫君。

 兄達に取られぬよう、宝物のように抱え込んでいたのは、計画のために必要だったから。
 けれども、誰かとこんなにも間近に一緒の時を過ごしたのは、伯父以来初めてのことで、どんなときも気高くあろうと背筋を伸ばしたその様は、生真面目であった伯父と同じ、誇り高いもので。

 狼はこのまま、彼女を自分のものにしてしまいたいと、そう思ったのだ。

 だから、彼女をその弟達に会わせることが怖かった。
 そんなふうに、何かに執着する自分があさましく感じられた。
 伯父のように誰かに奪われてしまうのではないか、そもそも、何かを得ることなど自分には許されることではないと、何もかもが苦しかった。

 けれども、彼女はそんな狼の頭を撫でた。
 弟達と会わせても、狼のことを悪く言わず、変わらずただ、そこに居てくれた。

 そこに居るのは、彼女の逃げ場がないからで、他のことも、彼女のちょっとした優しさにすぎなかったはず。

 それでも、狼にとってそれは、とてもとても大切な宝物になった。

 彼の頭を撫で、そこに居てくれたのは、大好きな伯父だけだったから。

 それからも、狼は彼女にとてもひどいことをしたのに、彼女は狼に与えてくれるばかりであった。
 狼は、与えられたことがとても嬉しくて、心地よくて、自分の罪に目を塞ぎ、沢山理由をつけて、彼女の傍を独り占めした。そのせいで、いつも彼女は困った顔をしていた。
 大切にしたくて、伯父みたいに笑ってほしいけれども、そんなふうに思う資格もなく、何もできないまま、ただひたすら、彼女を泣かせてしまう。

 とはいえ、それももう終わりだ。
 あと少しで、レイファスの望みは遂げられる。

 彼女はきっと、彼の敵として、すべてを終わらせてくれるはずだ。何故なら、もう彼女は、彼女を捕える狼に怯える必要がないからだ。

 悪い狼は、もうすぐ、居なくなるのだから。

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