亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
10章 狼王子の企みと、緋色の一族

 シルフィリアはそのとき、まだ彼女の寝室にいた。

 久しぶりに共寝をしなかったこともあり、心がざわついて、いつもより早い時間に身支度を済ませていたことは幸いだった。
 部屋の外にたくさんの足音が舞い、先触れのベルが鳴ったかと思うと、シルフィリアが返事をするより先に、入室してきた者がいる。

 入ってきた者が男であったが故に、奴隷姫は身構えたけれども、それが彼女の弟であるとわかって、シルフィリアはほっと息を吐いた。

「姉さん!」
「ジル。一体、どうしたの? こんなに朝早く……いえ、そうでなくともこんな」
「謀反だ」

 その言葉に、シルフィリアはゾッと背筋が凍るような感覚を覚えた。

 誰が、と聞かずともわかる。
 彼がとうとう始めてしまったのだ。
 始めてしまったら、きっともう止まらない。
 彼はきっと、その身を焦がし尽くすまで、走り続けるのだろう。

「今、国王の部屋の近くは焼け野原だ。ここも危なくなる、早くこちらへ」
「ジ、ジル、待って。謀反だと言う割には、なんの音がしないわ。どうして」
「僕が、防音結界を張っている」

 目を見開くシルフィリアに、ジルクリフが連れていた人物が、声をかけた。
 白銀の髪に青い瞳がレイファスに似た、すらりと背の高い男だった。
 歳の頃は、三十歳を超えた頃であろうか。白い肌に、首元の鱗が虹色に煌めいている。

「お初にお目にかかります、シルフィリア様。私はトールズ=トルックと申します。ガルフォード帝国にて、伯爵の地位を賜っておりまして、諜報員を務めております」
「は、はい……」

 穏やかに語り始めるトールズに、シルフィリアが面食らっていると、彼は悪戯をするような顔をして、驚くべきことを口にした。

「旧姓はニルヴァールと申しまして」

 目を見開くシルフィリアに、トールズは意を得たりと頷く。

「レイファス=ヴィオ=ラグナ殿下の母君であらせられる、亡きニコラ=ニルヴァール様の甥――レイファス殿下の従兄にございます」

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