亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
王宮の西の塔、国王の寝室一帯は、焼け野原となっていた。
壁が崩され、爪の跡が残り、黒い炎と赤い炎が、宙を舞う。
漆黒の獅子と炎の狼が斬撃を交し、咆哮しながら、ただ互いを屠らんと、戦いを続ける。
「その程度で、私を倒すつもりか!」
狼が獅子に向かって放った深紅の炎が、壁を焼き、地面を凍らせる。
熱を操るレイファスの炎は、しかし、獅子にたどりつく前に、黒い炎に絡みつかれ、飲み込まれるようにして焼失した。
この、黒い炎こそが、ラザックの強さの象徴であった。
すべての力を焼き尽くし、焼失させる、消尽の炎。
戦の中、人族の魔法の力を焼き尽くし、獣人の体躯から力を焼失させるその炎は、巨大な獅子の体躯を持つラザックの圧倒的な勝利をもたらしてきた。
「待たせた割に、勢いが足りないようだぞ!」
「それでも、あなたはここで仕留めます」
赤い炎を操り、黒の炎と打ち消しあいながら、レイファスはただ、その体躯の力で黒い獅子と向かい合う。
「あなたのような存在は、私の世界に不要!」
息子のその言葉に、ラザックは目を見開いた。
それは、二コラがあの日、言っていたことだ。
ラザックが彼女を弑した、レイファスが生まれたあの日。
『……あなたはが欲しいもの、それは、あなたを殺してくれる者なのでしょう』
二コラは、そうラザックに告げた。真っ赤な血に濡れた唇で、冷ややかな青い瞳で、静かに言葉を紡ぐ。
『レイファスが、あなたを殺しに来ます』
『何故』
『この子の未来に、あなたは要らないからです』
目を見開くラザックに、白蛇二コラは感情を見せない。
『独裁国家ラグナ王国の国王、ラザック。あなたは、獣人の象徴であり、自身も欲に忠実で、それが正しい姿だと言いながら――結局、ただ一人を求めることを、やめられなかった』
獣と人が混ざった、その存在の頂点。
群れの命を繋ぎ、強くあるために、番を変え、執着をなくし、個々の欲望に忠実な本性を抱くはずの彼らは、体の奥に残った人としての感情を、たった一つの永遠の愛を求めるその理性を、消すことができなかった。
目の前の黒い獅子は今もなお、信じることを恐れ、疑念を晴らしたいという衝動、一人に拘らないという獣の本性にすがったくせに、その心は二コラをこの上なく欲し、彼女の命が消えそうな今この瞬間、誰よりも死にそうな顔をしている。
『矛盾だらけの、可哀そうな人。この子があなたを終わらせるまで、苦しむといいわ』
だから、ラザックは待っていた。
彼の敵が、育ちあがるのを待っていたのだ。
そして、現れた。
彼の最大の敵、彼を終わらせてくれる者。
――二コラの産み落とした、赤い狼。
ラザックただ、愉快だった。
心が軽く、晴れやかで、だからこそ、自分がずっと重く苦しく思っていたことを、初めて知った。
けれどもラザックには、手加減をするつもりは一切ない。
心が重いことには、慣れている。
それに、不届きな赤い狼を退治し、寵姫の予言が外れたことをあざ笑ってやるのも――悪くない。