亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
レイファスは、欲望に忠実な獣の血よりも、誰か一人を慈しむ気持ちを大切にしたかった。
ただ、それだけだったのだ。
レイファスの世界には、大好きな伯父しか存在していなくて、ひとりぼっちだった狼は、伯父が居てくれさえすれば、他には何も要らなかった。
その幸せな世界を獣の理屈が壊すのならば、そんな理屈は排除してやろうと思ったのだ。
彼の前に現れた創造主イリアスは、獣の血と人の想いの狭間で苦しんでいた。
けれども、レイファスにとって、それはどうでもいいことだった。世界にとって何が利となりうるのか、そんなことはどうでもいい。
それは一個人である彼の手に余ることだ。
いつだってレイファスは小さな狼のままで、誰か一人を大切にしたいと思うその気持ちを貫くことができる、そんな世界が欲しかっただけ。
永遠でなくてもいい。
人類のあるべき方向や、世界の行く末には興味がない。
それはただ一時の、はかない望みで、届くかわからなかったそれに、レイファスはようやく、指をかけている。
「人としての生き方を貫くために、人族の力を借りるか」
折れない赤い狼に、床に沈んだ黒い獅子は、静かに問いを投げた。
その声音は、どこか、さまよえる子どものような響きを孕んでいる。
「そうして、お前は自分だけ、あの伯父と幸せに生きていくのか」
「私はやることを済ませた後、ここで死にます」
その言葉に、ラザックは目を丸くした後、声を上げて笑った。
血に倒れ伏したまま、息も絶え絶えに、黒い獅子は目を細める。その視線の先に居るのは、彼の愛しい息子に他ならない。
「それもいいだろう」
それだけ言うと、国王ラザックはその人生に幕を閉じた。
ほのかに笑んだまま、目を閉じることなく、この世を去った。
父であった獣の最後の姿に、レイファスは一筋の涙を落とす。
レイファスの父は、最後まで、彼に愛を示すことはなかった。気安い言葉を交わしたことも、家族として触れ合ったことも、ほとんど記憶に残っていない。
ただ、毎年、誕生日の贈り物だけは手元に届いた。
生を尊び、命を寿ぐラグナ王国の王子としての証。
ラザックは決して、自らそれを選ぶことはなかったけれども、レイファスへの誕生日の贈りものが絶えることはなかった。
「このまま、生きていけるわけがない」
床に座り込んだままの赤い狼は、黒い獅子から目を離さず、ぽつりと呟いた。
血に濡れた真っ赤な狼。
この赤色は、沢山の血で汚れた狼の真実を隠している。
けれども、その中に居るのは、自分のことしか考えていない罪人なのだ。
自分の望みのために、弱き者を手にかけ、父を手にかけ、これから兄弟をも屠ろうとしている。
そんなレイファスを、受け入れる者などいようはずがない。
金色の彼女も、知らないだけ。
「すべてを知ったら……ニジーもシルフィリアも、きっと私を許さない」
-◇-◆-◇-◆-
その日、世界有数の大国、獣人の国であるラグナ王国において、謀反が起こった。
主犯は狼の化身、第四王子レイファス。
黒の獅子王ラザックを屠り、兄弟である三人の王子を殺した裏切り者によって、ラグナ王国はその日、一日にして滅亡したのだった。