亡国の奴隷姫と独裁国家の狼王子 ~処刑寸前に仇の王子の奴隷に落とされました~
最終章 贈りもの

1 処刑


 ラグナ王国で、謀反が起こった。

 その知らせは、瞬く間に世界を駆け巡った。

 下手人は、ラグナ王国第四王子レイファス=ヴィオ=ラグナ。
 狼の化身たるその男は、国王と他の王子達の首を手土産に、ガルフォード帝国へと下ったのだという。


 -◇-◆-◇-◆-

 その日、旧ラグナ王国の王宮前広場は、第四王子の処刑を前に、大勢の観衆が集まり、その時を待っていた。

 観衆の多くは旧ラグナ王国の民で、その三割ほどが、王国に制圧された国々の民や、ガルフォード帝国の者であった。
 中央広場には、戦勝の処刑のときと同様に、処刑のための断頭台が設営され、その近くには、王侯貴族が座るべき貴賓席が設置されている。
 しかし、観衆達の様子は今までの戦勝の処刑とは違い、猛り歓んでいる様子はみじんもなく、ざわめきながらも、どこか焦りや疑念、動揺や不安で揺れていた。

 ラグナ王国は、獣人の国として、周辺国家の征服を続けてきた大国であったのだ。
 これに対する恨みは深く、一方で、その国家性に興じた獣人の数も多い。
 今後この国はどちらに偏っていくのか、その影響力の大きさに、これから国がどうなっていくのか、人々は戦々恐々としているのだ。

 時間を告げる鐘が鳴り、王宮のほうから赤髪の男が連れてこられて、人々は静まり返った。

 背の高い男だった。
 ラザックと比べるとスラリと細身だが、獣人らしく鍛えた体つきであることは見て取れる。
 胸元まで長さのある赤い髪は整えられてはいるものの、いつもと違って結えられていない。
 普段と最も違うのは、服装だろうか。
 白いシャツに黒いスラックスというシンプルな衣服を身にまとい、後ろでに頑丈な鉄製の手錠をはめられている。
 そして、端正な顔立ち、怜悧な青い瞳は、すべてを受け入れたような、どこか安堵した色を浮かべていた。

 会場は、自国の最後の王子がこのような扱いを受けていることに恐怖する者、憤る者、あれが第四王子かと改めて認識する者、様々な立ち位置の者の目線が飛び交う。

 そして、貴賓席に座る面々が現れ、人々は目をこらした。

 現れた者の多くは爬虫類族と思しき姿をしていた。
 肌のところどころに鱗を持ち、目は比較的大きく、顔立ちがはっきりとしている。
 動作も静かで、その在り方が、哺乳類の獣人とは異なる種族であることを示している。
 彼らはおそらく、ガルフォード帝国の官僚や王侯貴族なのであろう。

 その中に、二人ほど、人族と思しき人物が居た。

 第四王子が奴隷として所持していた、緋色の一族の王子と姫だ。
 金髪碧眼の見目麗しい少年と、緋色の瞳をしたその姉は、鮮やかな赤に金糸の刺繍を施された豪奢な衣装をまとい、そこに参列していた。
 奴隷とは思い難いその姿、その扱いに、人々は再びざわめき始める。

 しかし、彼らはすぐさま、静まり返った。
 この場の主である、黒い女帝が現れたからだ。

 ガルフォード帝国の女帝ガラナ。
 艶やかな漆黒の髪を揺らし、黄金色の瞳を持つ彼女は、黒蛇の化身であった。
 美しい顔立ちは見る者に油断を許さず、吊り目がちな金の瞳は狩人を思わせる。

 黒の豪奢なドレスを身にまとい、貴賓席の中央に座した彼女は、赤い唇の端を吊り上げ、レイファスを見た。

「そなたが、ニコラの息子か。レイファス=ヴィオ=ラグナ」
「お見込みのとおりです」
「ふん。礼儀正しいことよの」

 つまらなさそうにそう呟くと、女帝は立ち上がり、断頭台近くの壇上へと上がった。
 そして黒の女帝は、その透き通るような声で、高らかに謳う。

「私はガラナ=ルグス=ガルフォード。ガルフォード帝国の女帝である」

 集まった者達を見渡しながら、鋭く微笑む金色の瞳に、観衆達は自然と足を折り、その場で跪く。
 静まり返ったその会場、そこに居るもの全てがひれ伏したその瞬間、女帝は高らかに笑った。

「皆、よくわかっておることだ」

 ふわりと女帝の姿が溶け、驚いた声が複数上がる。

 そうして現れたのは、巨大な黒い蛇であった。

 艶めく鱗が眩しい、漆黒の大蛇。
 それが女帝ガラナの正体で、彼女の国は、生き急ぐ哺乳類族の国とも、かよわき人族の国とも異なる理屈で動いている。

 世界を見つめ、関与せず、ただその在り方を記録に留める静かな生き様。
 獣人の中では比較的長寿で、子が生まれにくい爬虫類族の彼らは、歴史を刻み、文化を育てることに執心していた。
 帝国は隔絶された世界を構築し、他国への関与を最大限に減らし、世界を見つめる番人とも言われる、特殊な国。

 民草に向け、顔を上げるように告げた女帝は、大蛇の姿のまま、その全てを見下ろした。

「先日、このラグナ王国はその国主となるべき者を失った。第四王子が国王を、他の王子を、すべて弑逆したからだ」

 女帝ガラナは、第一王子の子として生れ落ちている三人については、王族の血をひかぬものと断じた上で、話を続ける。

「国を滅ぼし、新たなる国を立ち上げるは英雄の業よ。ここで、第四王子が国を打ち立てればそれで済む話。しかし、かの王子は、簒奪は行わぬと、我らガルフォード帝国に身を差し出してきた!」

 噂どおりの経緯、そして反論をしない第四王子の姿に、人々は不安の色を見せる。
 しかし、それに構わず、女帝は驚くべきことを告げた。

「しかし、我らはこのように広く厄介な国は要らぬ」

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